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- 再生!勝てる組織づくり
- 指揮官に求められる使命感とは(1)
5.指揮官に求められる使命感とは(1)
ラグビー部OB奥大使の遺志を引き継ぐ
- 櫻堂
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さて、組織を活性化したり、無駄を切り捨てたりといった正しい改革の必要性は実感しているものの、いざ実行となると、どうしたら一歩踏み出せるのか、躊躇している人が多いと思います。
監督はご自身がやりたいこと、正しいことを絶対実現するという信念があるからすぐに行動に移せるのだと思いますが、頭でそう考えていれば一歩踏み出せるものなのか、それとも何か別の情熱なのでしょうか。
- 清宮
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私は、私利私欲を満たすための一歩なら踏み出すのを躊躇すると思います。これをやったら儲かるという場面なら。しかし、これは世の中のためになるとか、ラグビー界のためになるとか、あるいはチームの勝利につながるというのなら躊躇せずに踏み出せると思います。
- 櫻堂
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パーソナルな欲望のためでないから踏み出せる。
- 清宮
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医療チームをまとめる立場の医師として、リーダーとしての使命感があれば何も怖いことなどなく、どんどん前に進めるのではないでしょうか。
私が使命感という言葉を口にするようになったのは、早稲田ラグビー部の先輩・奥克彦大使が2003年1 1月にイラクで殉職されてからです。
「俺は外交官として生きて、イラクのためになって、日本のためになって、イラクの子どもたちが喜ぶ仕事をしている」と誇らしげに語っていました。命の危険にさらされているのに、「帰って来い」という仲間のメールに対する返事がその言葉でした。
「まだハーフタイムだ。外交官として生きて、こんな有益な仕事がほっぽり出せるか」。これは元ラグビー部の仲間に届いたメールでした。
そんな生き方をした先輩の身近にいて、影響を受けないわけにはいきませんでした。
奥克彦大使
1958(昭和33)年兵庫県生まれ。81年外務省入省。2003年4月、米国がイラクの復興人道支援室(ORHA)を設立したのをうけて、日本政府の窓口としてイラクへ。11月29日、北部イラク支援会議出席のため、井ノ上正盛一等書記官とティクリートへ車で向かう途中、何者かに銃撃され殉職。伊丹高校時代からラグビーに打ち込み、早稲田大学では2年次までラグビー部に在籍。清宮監督の良き先輩として、英国赴任中には同国ラグビーチームとの仲介役を果たしたり、2002年の早稲田のスローガン「アルティメット・クラッシュ」を考案するなど、協力を惜しまなかった。
「荒ぶる」
早稲田ラグビー部が大学日本一になったときだけに歌う第二部歌。03年1月11日、関東学院大を破って13年ぶりに学生日本一になった国立競技場で歌われた。
永遠のスローガン、アルティメット・クラッシュ
- 櫻堂
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奥大使との一番の想い出は?
- 清宮
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やはり早稲田の監督になって2年目のスローガン、「アルティメット・クラッシュ」を考えていただいたことですね。ロンドンの日本大使館に赴任されたばかりの02年2月に奥先輩にメールで、「来年は絶対に優勝しますから、全員が一丸になれるスローガンを考えてほしい」とお願いしました。私が奥先輩に伝えたイメージは「圧倒的に勝つ」「相手が手も足も出ない状態で勝つ」といったものでした。ちょうど2月から3月にかけて早稲田はイギリス遠征の予定だったので、時間を取ってもらって一緒に考えてもらうことにしました。
最初はオックスフォードのホテルで、そこでも決まらず次はケンブリッジのホテルでミーティングを続けました。奥先輩は何十通りもの英語のフレーズを次々に繰り出しましたが、1時間ほど過ぎた頃、〝ULTIMATE CRUSH〝が飛び出したのです。私は思わず「それだ!」と叫びました。「アルティメット・クラッシュ」とは「徹底的に叩きのめす」という意味です。スローガンは、具体的に何をしたらいいのかイメージできて、言葉に勢いがあって、口に出しやすいものでなければなりません。こうして早稲田の「アルティメット・クラッシュ」が誕生したのです。
- 櫻堂
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行動がイメージできて、しかも想いが込められている言葉というのはとても重要ですね。
- 清宮
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このスローガンのおかげで、03年1月11日、早稲田はついにライバル関東学院を27対22で下し、13年ぶりに栄光を手にすることができました。奥先輩への優勝の約束に応えられたのも、徹底的に叩きのめすというわかりやすく力強いスローガンが、選手たちに具体的な目標を与えられたからに他なりません。このときから、「アルティメット・クラッシュ」は早稲田ラグビーの代名詞にまで登りつめたのです。
以前は毎年スローガンを変えていました。早稲田の監督一年目は〝OVERTHE TOP(オーバー・ザ・トップ)〝。二年目がこの「アルティメット・クラッシュ」。三年目は〝RAISE UP(レイズ・アップ)〝。「与えられたものに満足するな。自分で何かをつかみ取れ」という意味合いを込めたつもりでしたが、本当に良いものを見つけたらそこから離れてはいけないという教訓にもなりました。三年目はどうもしっくりこないまま、11月に奥先輩が亡くなった日に、再び「アルティメット・クラッシュ」に戻したのです。やはり、すばらしいスローガンを変えるのは至難の業ですし、また変える必要もないのです。
- 櫻堂
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言霊というくらい、言葉には力がありますからね。良いものは変えてはいけないという言葉がいま私の中に響きました。すばらしい先輩との出会いが監督の人生観に大きく影響しているのでしょうね。
- 清宮
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奥先輩が亡くなってから私たちは、奥克彦・井ノ上正盛というすばらしい志を持つ男たちが日本にいたことを伝える責務と、そしてこれからも二人がしてきた仕事を引き継ごうとする国際人を養成すること、もう一つはイラクの子どもたちへの援助が奥先輩達の最後のメッセージとして届いたので、子どもたちを支援する基金をつくろうと立ち上げ、毎年、子どもたちに本を届けています。立ち上げに際しては色々な人たちに協力を仰ぐため実際に会いに行きました。その中で新しい出会いがたくさんありまして、私はそれを奥先輩がつないでくれた出会いだと考え、そうした人たちとおつきあいを続けています。
- 櫻堂
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使命感を持つことはとても重要だと思います。会社経営者も病院長も、組織をマネジメントする立場にある人は常に自分の内面と向き合い、自分を高めていかなければ社会的使命感もあいまいになってしまうし、正しいこと、やるべきことを見失ってしまうと思います。