医療経営戦略研究所
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小田禎彦(株式会社加賀屋) VS 桜堂渉(医療経営戦略研究所)

4.人件費の不完全燃焼を解消する――多能工化のすすめ

櫻堂

大変よく分かります。加賀屋さんの場合、おもてなしについてはお客様に対し専属の客室係が、お出迎えからお見送りまでの間、お客さんのあらゆる要望に応えています。一方、病院の場合はほとんどが分業システムになっていて、そのうちの誰かが失敗すると機能しなくなってしまう。

最近、日本の生産現場では、1人の人間が多くの工程を受け持つ多能工化か推進されています。多能工化によって人材の効率的活用が計られるのは大きなメリットですが、それ以外にも広範囲の工程を担当することによって改善提案件数が増え、それが品質向上にもつながったという事例も耳にしますね。

小田

これまでは1つの仕事を1人に与えようとした時代がありました。業務全体のうち、ここがあなたの仕事なんだと。だからこの先、仮に異動させようと思っても、最初に枠にはめているので相応の教育がなされていない。採用時に、人事が一通りの教育をやっていないものだから、違う職場に異動させようとすると、本人が「それは私の仕事じゃないでしょう」と不満を言う。

したがって、当初から全部やらせるように教育なり仕組みをつくっておかなければいけない。ところが、あれもこれもというと本人が不満を言うから、人事も嫌がってあえて言いたがらない。嫌なことは言わない、しない。いまの日本は全てがそうで、ここが間題ですね。

業務を一応グルーピングして、あなたの仕事は本来、ここからここまである。でも当面はこれをやって、やがてこちらに移ってもらうかもしれない、とはっきり教えておかなければいけません。

櫻堂

そのことは曰本の医療システムの欠陥にも通じているともいえます。会長がおっしやったように、指導して働かせる、その働かせ方の仕組みという面では、取り組みが進んでいません。それでは当然、収益なんか出ないし、何の手も打たないまま、赤字だ、赤字だと言っている。まさに人件費の不完全燃焼が随所で起きている、というのが実情です。

小田

病院の場合、総じて事務長があまり前に出るようなことはありませんが、事務長がもっと怒らなくてはダメだと思います。医療はもちろんドクターに委ねるとして、組織の動かし方についてはどんどんモノ申すべきです。

組織を運営するのも、おもてなしの心を育成するのも人であり、結局、「企業は人なり、人は財産」です。人事の仕事は何かというと、採用=いい人を採る、教育=精神を吹き込む、人事管理=気持ちよく働かせる、評価=正しく評価する、そして福利厚生=良いサービスを提供できる環境づくり、その5項目です。

なかでも、良いサービスを提供するためには働きやすい環境づくりが不可欠で、私どもでは客室係の負担を軽減するために料理の自動搬送システムを導入し、併せて安心して働けるよう企業内保育所や母子家庭用社宅を造りました。

事業者たるもの赤字経営は許されません。医療経営においても人件費の不完全燃焼、分かりやすく言えば、1人でやるべきところを2人で手分けしてやっていないか、あるいは費用対効果は適切か、ということに事務長は常に気を配らなければならないはずです。

加えて、営業の戦略化です。例えば旅館業界では、これまでエージェントに依存していましたが、近年はそれがインターネットに取って代わりつつある。お客様はエージェントを使うにしろ、電話で予約をするにしろ、ネットで情報を集める時代です。

ネットマーケティングは、旅館・ホテルでもマーケティングの要となってきました。アメリカのホテルは新聞、雑誌媒体はゼロに近く、広告宣伝費の90%以上はインターネットにつぎ込んでいるそうです。

旅館業は人々のための“明日への活力注入産業”を信念に

櫻堂

「一番大切なのはお客様へのサービス」と精神論を唱えるのは簡単ですが、本当に最高のサービスを提供しようと思ったら、それを可能にするだけのバックアップが欠かせない。しかし考えてみれば、客室係のサービスほどコストのかかるものはないかもしれません。加賀屋さんでは、その人材育成と組織運営の微妙なバランスがお客さんを魅了しているのでしょうね。

小田

現在、曰本で働く人の60%はサービス業に従事しているそうです。医療機関もサービス業であることに変わりはありません。

サービスとは「プロとして訓練された社員が、給料をいただいてお客様のために正確にお役に立ち、お客様から感激と満足感を引き出すこと」と、当社では定義しています。旅館業にとって最大のミッションは、ストレスをためた人々に活力を注人すること、つまり“明日への活力注人産業”だと位置付けています。

私もそろそろバトンタッチの時期にきていますが、いまだに不完全燃焼の部分がないか、気になって仕方がない。病巣は残らず摘出しておきたくなるものです。

いまの日本の風潮ともいえる、問題を先送りしていては何の進歩ももたらさない。その場、その場でしっかりと答えを出し、解決をはかっていくことが大切だと思います。

櫻堂

伝統を守りながらも経営改革を断行し、なおかつインターナショナルな展開を見据えた継営戦略をお聞きして、改めて「伝統は革新の連続」という言葉をかみしめています。医療機関がより良い患者サービスを提供するために、スタッフのモチベーションをいかに管理していくか、いろいろなヒントを頂戴し、ありがとうございました。

小田禎彦氏 プロフィール

小田禎彦

略歴 1940年石川県七尾市和倉町生まれ。1962年立教大学経済学部卒業後、加賀屋入社。79年3代目社長に就任、2000年より現職。加賀屋を「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で総合1位の和風旅館に育て上げ、身をもって実践する「おもてなしの心」は和倉温泉の代名詞に。石川県観光連盟理事長、七尾商工会議所副会頭などの要職を務め、観光庁からは「全国観光カリスマ100選」に認定。米国モントレー市との交流を深め、毎年恒例の「モントレージャズフェスティバル・イン能登」の開催に尽力。

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