- 透析JOURNAL
- interview
- “加賀屋の流儀”に学ぶ「持続的な競争優位」の実践
- 「世界に誇れる日本のおもてなしの心」をミッションとして
2.「世界に誇れる日本のおもてなしの心」をミッションとして
- 櫻堂
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バブル崩壊後、加賀屋さんは海外からの利用客増に取り組んでこられた。特に台湾からの集客に力を入れてこられましたね。今では台湾でも、日本の加賀屋に泊まることが一種のステータスにまでなっているそうですが、日本人相手とは違い、いろいろご苦労もあったと思います。
- 小田
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2010年7月にNHKの「クローズアップ現代」で、「“おもてなし”で世界をねらえ」をテーマに、宅配便サービスで上海に進出したヤマト運輸さん、接客術で中国内陸部へも営業網を拡大している資生堂さんと共に、加賀屋も紹介していただきました。
日本は勤勉性や細やかさの点で優れ、長年“モノづくりの国”と言われてきましたが、今はコスト優先でアジア諸国の勢いに押され、すっかり元気をなくしている。これから財界のなかで、日本はどのようなミッションをもって閉塞感を払拭していけばいいのか。その柱の一つとして、加賀屋の「おもてなし」を取り上げていただいたのです。
台湾とのつながりは、1995年に日系の自動車メーカーが実施した現地ディーラーの訪日報奨旅行で加賀屋を利用され、喜んでいただいたことがご縁の始まりです。翌年には加賀屋での宿泊を組み合わせた台湾からのツアーが始まり、以来、毎年8千人から1万人の方がお越しになっています。李登輝・元総統もお越しになられ、「日本にはうらやましいものが2つある。1つは精密機械のように秒単位で正確に助く新幹線、もう1つは加賀屋のおもてなしで、どちらも台湾にはないものだ。ぜひ台湾に来て、本物のおもてなしを示してほしい」と、お声をかけていただきました。
畳、布団、着物、和食、客室係のサービス…それらが台湾の方々に受け入れられるのかと、試行錯誤の連続でした。ただ、言葉は通じなくても同じ漢字文化圏ですから、漢字を駆使して何とかコミュニケーションをはかる一方、台湾の方の慣行や嗜好を積極的に取り入れるなど、台湾からのお客様に対応してきました。そして日本人と同じようにカラオケが大好きで、最後はお客様も客室係もみんなで輪になって盆踊りをしました。
踊っているうちに、浴衣が着崩れしてみっともなくなる。客室係がそっと幕間にお連れして、着崩れを直してあげる。それが受けてか、「日本人はエコノミックアニマルといわれるけど、決してそうじゃない」と、ずいぶん喜んでいただきました。
ツアーで毎年のようにお越しになっている台湾のご夫婦がいて、「なぜいらっしゃるのですか」とお尋ねしたところ、日本人客と分け隔てのない対応に感動され、「価格はちょっと高いけれども年1回は参加しようね」とご夫婦で話しておられるそうです。
台湾ではドーナツ店に行列ができると聞いたので、ドーナツを買ってきて差し入れしたり、向こうには無いという柔らかい白桃などもお出ししました。そんな心遣いが評判を呼んだのでしょうか。
“おもてなしの輸出”ができる時代がやってきた!
- 櫻堂
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台湾へは2010年12月、現地企業と共同で出店(「北投加賀屋」)されましたが、旅館は日本文化の象徴とも言えるだけに、従業員教育を含めカルチャーギャップがあったのではないですか。そのへんの経緯をお聞かせください。
- 小田
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おかげさまで加賀屋は台湾で最も有名な日本の旅館になり、向こうの官公庁からも「台湾の人は温泉が好きで、富裕層を中心に加賀屋の知名度も高い。しかし、日本に行くだけではなく、国内の旅行客も増やしていきたい。日本の旅館をそのまま台湾に持ってきてもらえないか」とお誘いを受けたのです。8年前のことです。やがて向こうのデベロッパーから台北市北部の台湾有数の温泉地「北投温泉」へ出店のお話があり、かねて李登輝さんの勧めもあって、台湾進出を決めました。
日本一を支えるキーワード
- サービス業とは
- <お客様が抱える問題を誰よりもうまく解決する>
- サービスの本質
- <正確性><ホスピタリティー>
- サービスの原点
- <笑顔で気働き>
- 旅館業の位置づけ
- <明日への活力注入産業>
- 客室係の位置づけ
- <客室係からの注文はお客様の声>
開業に向けては、客室係として台湾から10名の若い女性を預かり、加賀屋で1年間、徹底教育しました。そして、その研修生たちと一緒に私どもの社員7名を台湾へ送り込み、現地で社員を募集することになりました。全従業員は200名、このうち客室係は80名で、日本で教育を受けた10名を除き、日本語が話せることを条件に、残り70名を募集したら、なんと約300名もの応募があったのです。ほとんどが大卒の女性で、日本ではとても考えられないことです。
私は、客室係の女性たちに対して「加賀屋の客室係が台湾女性から尊敬の目で見られるように頑張ろう」と言い続けました。そして台湾でいま、最先端の仕事は“北投加賀屋の客室係”といわれています。
オープンしてから間もなく2年になりますが、ほぼ教えたとおりのおもてなしのサービスを継承しているようです。むしろ、伝統のおもてなしの心が残っているのは台湾のほうだと、派遣した教育担当客室係が感心していました。日本から行かれたお年寄りのお客様からも、「日本では消えてしまった旅館のサービスを台湾で体験できて感動した」という手紙をいただきました。
日本は資源こそありませんが、細やかなおもてなしの心は世界に通用するものなのです。言ってみれば、“おもてなしの輸出”ができる時代がやってきたと感じています。
成果を上げるには粘り強い教育と意欲と努力が不可欠
- 櫻堂
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良いサービスを提供できる環境づくり
- 1.料理自動搬送システムの導入
<ハイタッチとハイテク> - 第1次:昭和56年「能登渚亭」完成時
第2次:平成元年「雪月花」完成時 - 2.企業内保育所&母子家庭用社宅の設置
- 昭和61年 カンガルーハウス
今日、ホテルチェーンは全世界にあります。加賀屋さんのホスピタリティーについて記した『加賀屋の流儀―極上のもてなしとは』(PHP研究所刊)を読ませていただくと、ホテルは空間を売るビジネスだけれども、旅館は時間を売る、とあります。
ホテルチェーンはハードを作ればなんとかやっていける部分がありますが、旅館ではそういうわけにはいかない。育てるのに時間のかかるホスピタリティーの精神、心を吹き込んでいかなければいけない。その辺が一番難しいところですね。
医療の場合、技術優先ということで、マニュアル作成やスキル教育をよくやっていて、マニュアルさえできれば教育できると簡単に考えてしまいがちな面があります。ところが、実際にはなかなか思うようにはいかない。しかも加賀屋さんの場合、いくら台湾の人が親日とはいえ、生活習慣や意識が異なる海外で日本式のやり方を徹底することの厳しさは想像に難くありませんが、実際はどうでしたか。
- 1.料理自動搬送システムの導入
- 小田
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台湾では派遣した教育担当客室係と、日本で教育した10名の客室係研修生か先生役になって、新規採用の70名を育てるという形を採りました。その10名の存在がキーポイントになりました。彼女たちが教育担当客室係に「それは台湾ではあまり分かってもらえません」と考え方の違いを教えてくれるなど、果たした役割は大きかったと思います。
一方、マネジメント部門の人材はホテルのOBが多かった。ですから、旅館の客室係についての意味合いがよく理解できない。正直、営業、フロント、管理、清掃の各部門と客室係の仕事の擦り合わせがうまくいかない面もあり、客室係がいなければもっと仕事がスムーズにできるのに、という愚痴をこぼすスタッフもいました。やはり会社への帰属意識やホスピタリティーに対する感覚については、日本人とは異なります。
客室係の接客もいき過ぎると、逆に迷惑がられてしまう。普段、ホテルに慣れたお客様にとっては、お部屋に客室係がお茶を持って出人りするのはプライバシーの侵害だとか、当初はいろいろな混乱が起こりました。
しかし、実際に接客を重ねていくうちに、お客様の感謝の気持ちに触れ、おもてなしの意味が分かるようになりました。日本の加賀屋と同じように運営できているのも、担当者の粘り強い教育と、意欲的な台湾の女性社員たちの努力のおかげです。
マニュアルを超えた個性と知恵を持った大材を育てる
- 櫻堂
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医療の世界はマニュアル化や標準化が進み、分業化も進んでいます。これに対して、毎日、顔も性格も違うお客さんと向き合わなくてはいけない旅館では、型にはまったマニュアルは果たして役に立つのか。加賀屋さんの場合も接客マニュアルはおありになると思いますが、実際にマニュアルはどの程度関与しているのか、具体的に何%ぐらいのウエートを置いておられるのでしょうか。
- 小田
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マニュアルはもちろん必要です。マニュアルというと、みなさんはあまり良くないイメージを持たれますね。日本では何事に限らず、何か一つの意見に同調するきらいがあって、例えば東京の人に言わせれば、誰もが熱海は俗化して嫌だという話になる。熱海はダメだけれども箱根は良いとか。それと同じように、マニュアルというと何か型にはめてしまい、自分の考えや感情は抑えて個性がなくなるという捉え方が多いのではないでしょうか。
従って、おっしゃるような「何%」という考え方がすごく大事になってきます。マニュアル100%で動くのなら、人間ではなくてロボットです。とはいえ、一定割合は規定しないと野放しになってしまう。私は「80%」がマニュアルによる教育、それは「基礎」と言って良いかもしれません。そして、残りの「20%」は、お客様に合わせたサービス、つまり「応用」で、マニュアルには無い心遣いを客室係が自らの裁量で行う。
しかし、基礎ができていなくては、応用はできません。基礎80%というのは、加賀屋の枠というか、しっかりと押さえていなければならない部分ですが、応用の20%は、お客様はいまどんな心境にあるのか、どうすれば喜んでいただけるのか、客室係が個性や知恵を発揮していくわけです。
一口に観光地と言っても、ハワイやラスベガスのようにパッと明るく幸せそうな観光地もあれば、雨の風情が魅力の温泉地もあります。“センチメンタルジャーニー”という言葉がありますが、懇意にしているエッセイストの酒井順子さんの弁を借りれば「幸せな人は旅行になんか行かない」とか。なにもハレの旅行だけではなくて、芭蕉門下の発句・連句集『猿蓑』に「能登の七尾の冬は住み憂き」という金沢出身の野沢凡兆の句がありますが、例えば能登の冬の風物詩・波の花といったものをどう売りにして行くのかということも大事な視点だと思います。
マニュアルの話に戻すと、応用20%は客室係の個性というか、パフォーマンスに大きく依存することになり、どこも同じでは他所より抜きん出ることはできません。勝ち抜いていくためにはマーケティングのSDA(Sustainable Differential Advantagentage)、つまり“ずっと継続・存続する競争上の差別化”が必要です。それには8割のしっかりしたマニュアルに2割の個性、体験に裏付けされた知恵というのか、そんな人材をどれだけ育てていけるのかということが大事になってきます。
大工の棟梁の「ツールボックスミーティング」に学べ
- 櫻堂
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会長がおっしゃるように、その20%がまさに持続的な競争優位を生み出す武器となる訳ですね。それは教育で補えるものなのか、あるいは感性豊かな人とそうでない人がいるように、その人固有の能力に依存するものなのか。例えば、加賀屋さんではサービスの本質を2つに集約されています。1つは「正確性」で、もう一つは「ホスピタリティー」、相手の立場に立って思いやる心です。正確性は訓練することができても、ホスピタリティーは訓練で養うことができるものなのでしょうか。
- 小田
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顧客・リピーターを増やすために
- 1.アンケート管理システムの充実
- ・年間2万5,000枚の回収
(お客様全体の8%)
・アンケート対策会議(月1回)
お客様の声をもとに改善と予防 - 2.クレーム管理の徹底(臭いものにフタをしない)
- ・クレームゼロ大会
・クレーム白書
これまで加賀屋が大きくなっていく過程では、私はつらいことはしたくない、現状でいい、これ以上は偉くなりたくないという社員もいました。考えてみれば、いまの日本にはそういう人がかなり多い。これは由々しき問題です。
たまたま知人から日本シリーズの切符をいただいて第2戦を観戦したのですが、巨人の阿部捕手がマウンド上で「しっかりせんかい」とばかり、澤村投手の頭を叩いた話題の場面に出くわしました。2人は同じ大学の先輩、後輩とはいえ、観衆の面前でああいうことをやるのをどう受け止めるか。「人前で殴って、あれは何ですか」と目くじらを立てる人もいるでしょう。
これに関連する話で、ウシオ電機の創業者・牛尾治朗さんは「人を育てるのに一番効果があるのは、大工の棟梁のツールボックスミーティングだ」とおっしやっている。棟梁が休憩時間に道具箱に腰を下ろしてお茶を飲みながら、弟子に「お前、あの腰つきじやダメだ。ああいうときはこういうふうにやるんだ」とか言って、現場で手取り足取り、愛情をもって仕込んでいく。愛情があるからこそ、ここぞというときにガツンと言うことができる。
いまの日本で本当に足りないのは、叱ってでも教え込むという強い姿勢です。
一方、最近は親に叱られたことが無いまま育った子が多い。管理者のほうも自己保身というか、叱れば辞めてしまうからと誰も若い人を叱ろうとしない。そんな風潮があまりにも強いような気がします。