医療経営戦略研究所
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竹村富士徳氏(フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社) VS 櫻堂渉(医療経営戦略研究所)

2.医療、透析施設と自分の姿がより明確に見えてくる

あなたは、あなた自身の人生を歩いているか?

櫻堂

もう一つ、医療に関することとして、コヴィー社の「7つの習慣」についてのDVDでナースの出てくるものがありますが、そのナースはいつも患者さんに振り回されていて、あの患者は死ねばいいのにと思ったりしていた。それは、透析の現場では頻発することです。

モンスター・ペイシャントではないのですが、このDVDに出てくるような患者さんに2日に1回、5年も10年も透析の現場で会っていたら、自分たちの精神がやられてしまうわけです。

ところが、職員たちにDVDを見てもらったら、彼らは「いいな」と言いました。相手からの刺激と、それに対する自分の反応の間に「空間」があって、その空間は自分が選択できる領域だというメッセージがあるからなのです。

医療現場はきついですが、このDVDからのメッセージだけで、ずいぶん救われたと言っていました。重要な点ですので、このナースの話を少し詳しくお聞かせください。

竹村

この図(図1)にあるように、刺激と反応の間にスペースを空けて、その中で選択の自由を使え、ということですね。これは「7つの習慣」の中の「第一の習慣」のところでご案内しています。刺激に対して反応的である人について、コヴィー博士はこう言っていました。

選択の自由を使う
  • 自  覚:自分の考え、気持ち、行動を見つめる能力
  • 想像力:現在の姿や状況を超えて、物事を想像する能力
  • 良  心:善と悪とを見分ける力または内的な意識
  • 自由意志:外的な影響から自立して行動する能力

「あなたは、あなたの人生を歩んでいない。つまり、自分が選択をしているのではなく、相手の刺激に自分の反応を合わせているのだ。そのようにしている限り、あなたの人生ではない」

例えば、相手から何かを言われて、「傷つきました。あなたが悪いのです」という言い方をすることがあります。けれど、セミナーでコヴィー博士が「傷つくという選択は、あなたがしたのです」と話した時、聴衆の中から一人の女性が「エーッ!」と言って突然立ち上がった。彼女は看護師さんでした。

その看護師さんは、患者さんに本当にやさしくお仕えしようと思っていたのに、患者さんから不敬な言葉をずっと浴びせられ、この人がいるがゆえに自分はとても不幸だと思っていた。この人が亡くなってしまったらいいのにとさえ思った、というのです。

でも、コヴィー博士の話を聞いて、私は自分の人生を生きているのではない、それは自分で選択した人生ではない、私は自由なんだということに気づいたそうです。

それはものすごいパラダイムシフトであって、そこがインサイド・アウトにもなっていくわけです。他から自分か決められてしまっているという捉え方をするのか。それとも、私は自由で、自分から何かを変えていけるというように、捉えることができるのか。そこのところで、私たちの生き方はまったく変わってくるのです。

櫻堂

そうですね。やはり、医療従事者の中には、DVDのあの場面で心に刺さる人が結構多いんですよ。

自分に重ね合わせて考えると、「ああ、そうだ」というところが、たくさんある。要するに、自分が自分をコントロールしているのではなくて、自分は患者にコントロールされている。そこに気づくのはとても大切なことだ、と思うのです。

竹村

反応的な人生を送っている方などは、あの場面で特に強い衝撃を受けますね。

櫻堂

案外そういう人が多いのではないかと思います。インサイド・アウトという概念もそうですが、「7つの習慣」では「第一の習慣」の前に、今おっしゃったパラダイムという概念が出てきますね。

「劇的に何かを変えるには、パラダイムを変えるのが一番である」というコヴィー博士の言葉があると思うのですが、例えば医療には、こうしなければならないという、業界標準のパラダイムのようなものがあります。

そのパラダイムには医師-患者関係があり、急性期医療の場合は、医師が上で患者が下。ですから、医師は、患者を子どものように扱う。いわゆるパターナリズムですね。特に救急の場合は、緊急時なので、患者さんの意見など聞いている場合ではなく、とにかく手術だということになります。

しかし、最近では慢性疾患の患者さんが増え、構造的にも変わってきていて、患者さんたちに自己管理をしてもらわなければならない。これからの医療は、そのように慢性疾患対応型にシフトするので、「第五の習慣」の「理解してから理解される」といったコミュニケーションの能力がとても重要になってくると思うのです(注4)。

けれど、「医師が上で、患者が下」という構造はなかなか変わらないわけで、職員たちも、患者さんに対して「あなたは黙って、私たちの言うとおりすればいい」と思っているのに、囗では「患者様」と言ったりしている。その矛盾感があります。

つまり、外部環境が変化しているのに、パラダイム転換ができず、昔のモデルのまま患者さんを診ている。 

そのようなケースが圧倒的に多いと、思うのです。

注4

「第五の習慣」では、例えば「人に影響を与える鍵は人に影響されることだ」など、コミュニケーションの原則についてさまざまな角度から述べている。

竹村

そのパラダイムについては、このような図(図2)を使ってご案内しています。

パラダイム転換

最終的な結果を得るために、私たちは何らかの行動をします。その行動の前には、ある種の考え方があります。その考え方の前には、パラダイムがあります。私たちは、望ましくない結果を得たときには自分の行動を変えようとします。

もしかしたら、行動を変えることによって短期的には望む結果を得ることができるかもしれない。ですが、長期にわたって結果を得たい、あるいは本質的な結果を得たいと思うのなら、私たちのものの見方、パラダイムのところから変えていかないといけない。

医療従事者であれば、患者さんに対するパラダイムもあります。患者さん側でも、医療と付き合っていくところのパラダイムもあるでしょう。そこの視点が変わっていかない限り、本質的な変革はできないのです。

今、「個の時代」になって、あらゆる方面で多様化が進んでいく状況にあっては、まったく新しいパラダイムを持ってこない限り、私たちが本当の意味で生産性を上げたり、効果性を高めていくのは、かなり難しいですね。

実は、私も中学生3年生から20歳くらいまで病院にはよくお世話になりまして、一般の人たちよりも入院生活を長く経験しています。ですから、先ほどお話しいただいた医療での主従関係は、よくわかります。

最初に入院した時には、病院で「痛い」とか「恥ずかしい」と言っていられないので、中学生ながらも、痛みの解放、恥じらいの解放のためにパラダイムを切り替えて、首から下は自分のものではない、と思うようにしました。パラダイムのところで諦めた。そうしたら、気持ちが楽になったのです。

櫻堂

それは「第一の習慣」での、ナチス強制収容所で生き抜いたビクター・フランクルに近い話ですね(注5)。

注5

「第一の習慣」で紹介されているユダヤ人心理学者。ナチスの強制収容所に送られ、過酷な体験をするが、自分の記憶と想像力を活かして知性、精神、道徳観を研ぎすますことにより、大きな自由(選択できる内的な能力)を持つに至った。

竹村

そうですね。

今は「激流」の中、成果を得る鍵は個人のリーダーシップとそれを引き出すリーダーのリーダーシップ

櫻堂

当然のことですが、医療は国の経済を反映しているので、バブルの時代まではどんどん医療費につぎ込むことができ、病院もたくさん造りました。ところが、その後は、どうやって医療費を抑制するか、病院をいかにつぶすかという観点の政策になってきています。

また、患者・国民の権利意識も変わってきています。その意味では、まさに「7つの習慣」で教えていただいたとおり、我々は「激流」の中にいるのですが、現場ではそのことがあまり理解されていない。それでも、それに気づいた医師、医療人は「7つの習慣」のセミナーに出たりと、勉強を始めています。

竹村

今までに医療従事者向けのセミナーも何度か行ったことがあるのですが、その「激流」に対する意識について、医療従事者と民間企業では大きな差があると、感じました。「激流」について、「かつて」と「今」(激流)の写真(図3)をご紹介します。

激流について「かつて」と「今」

「かつて」は、なだらかな水面に長いボートがあって、進行方向を見ているのはリーダーだけで、こぎ手たちは背中を向けている。つまり、「かつて」は、リーダーの言うとおり動いていれば、しかるべき方向に進むことができた。

しかし、「今」は「激流」なので、一人ひとりが自らの中に方向性を見いだして進んでいかなければならない。つまり、鍵は、個人のリーダーシップということになります。また、それを引き出すリーダーのリーダーシップも鍵になってきます。そのリーダーシップがない限り、私たちは、なかなか結果を得ることができません。

そのようなお話をして、民間企業の方々に「皆さん、『激流』を感じていらっしゃいますか?」とお聞きすると、どの産業でも「激流」を否定する人はいません。

ところが、医療界の方々に「激流」についてお話しした場合、「激流」をあまり感じておられないなど、そのあたりの感覚値の違いを感じてしまいます。

櫻堂

わかります。とても重要なポイントだと思います。まさに、医療の世界は「古い産業化モデル」といいますか、ドクターによる指示・指令系統をきちっと守る軍隊組織のような形でずっと来ました。今、「チーム医療」というかけ声はたくさんありますが、現実にはチーム医療は世間で言われるほど機能していないのです。例えば、内科と外科は仲が悪いといった診療科間の壁や、職能別の壁も取り払われていません。だから、患者が置き去りにされているような医療機関は結構多いのです。そこに対する考え方の転換が、これからは重要になってくると思います。

竹村

軍隊モデルなのですね。

櫻堂

それでずっと来ているのです。もちろん、医師の指示の下に何かを行うという法律上の規定は、守られています。それは当然のことですが、もう少し、チーム医療に対応するなど、変化しなければいけないと思いますね。

竹村

確かに、法的なことも含めて、ドクターの指示がない限りは…、というところがありますね。

櫻堂

逆もあって、例えば透析施設などではナースの数が多いものですから、大きな力を持っているわけです。

そうすると、いい意味で「あの先生は駄目だから、私たちがしっかりしよう」という話になることがある一方で、「まあ、先生はああ言っているけど、こうやっておこう」というようなことも起こりうるのです。

竹村

チーム医療でインシデントがあったとき、その一番の原因は、コミュニケーションの問題です。人間関係が円満で、コミュニケーションがもっと円滑になっていればインシデントは起こらなかった、という声をよく聞きますが…。

櫻堂

そのとおりだと思います。二言目には「コミュニケーション」というのですが、それは「7つの習慣」で示されているコミュニケーションのレベルではなく、掛け声としてのコミュニケーションで、単なる情報の伝達なのです。

まさに、互いに信頼を持つところまでは、なかなかいかない。信頼関係を築くために何かをするというのではなく、例えば「情報交換の頻度を高めよう」というレベルで終わってしまっているようです。

「情報化社会/IT」の時代にふさわしいチーム医療へのパラダイムの転換を

竹村

この図(図4)は産業・文明の推移を描いたものですが、まず、「狩猟/採集」の時代があり、ある人々が現れ、生産性が一気に50倍に高まる、「農耕」の時代になりました。18世紀に産業革命が起こり、「工業/産業」の時代となって、農業に従事していた人たちが工場で働くというような状況になりました。そして、20世紀になって「情報化社会/IT」の時代になりました。

産業・文明の推移

先進国と呼ばれている諸国は今、この「情報化社会/IT」の時代に移行しています。

「工業/産業」の時代は、肉体労働者であればそれでよく、いわば頭は使わなくてよかった。その肉体労働者の数が多かったり、マシーンの機能が良ければ、生産性は高まったわけです。

ところが、「情報化社会/IT」の時代、つまり知識労働者の時代になると、知識のところが鍵になってきます。また、知識は私たちの中にあるので、インサイド・アウトを効果的にやっていかないと、なかなか結果を得ることができない。そんな時代に変わってきているのですね。

チーム医療についてのお話を聞いていると、悪い言い方になりますが、「あなたはこの機能、あなたはこの機能、私がキングだから」と指示・命令をしていた「工業/産業」の時代のパラダイムのように感じます。

それに関してコヴィー博士は、次のように趣旨を述べています。チーム医療として全人格型のアプローチをしようとしても、機能としてやっている限りにおいては、ドクターでさえも例えばナースに対して「あなたの替えはいるよ」というように、その仕事をする職種の「物」として見てしまう。そのような見方をしている限り、知識労働者として尊重していることにはならないということです。

それは、患者さんに対しても同じです。患者さんを「物」として見てしまうと、私の入院体験でお話ししましたように、「首から下は物だから」と諦めなければいけない。そうではなく、今はまさに「激流」の中ですから、知識労働者として私たちの中のものを解放していくのであれば、人を本当に人として見ていくというレベルのコミュニケーションが大切になってきます。

また、そうなったとき、根本に戻ることになります。例えばドクターとナース、医療従事者と患者は、それぞれ立場が違い、パラダイムも違います。ですから、互いのパラダイムを理解することによって初めて、機能としてのチームではなくて、野球で「三遊間のゴロを拾う」という表現があるように、“互いにかぶり感のある建設的なチーム”になっていくことができるわけです。その根本にあるのは、パラダイムを変えて、人を人として扱っていくということです。

櫻堂

とてもいいお話です。透析施設は、ある部分、機械化が進んでいて、工場の生産ライン、ライン産業に似ています。その機械をうまくコントロールし、患者さんに何のイベントもなければ「それでよし」というわけです。そうするとライン産業であるがゆえに、月曜日の透析施設の問題をお話ししましたが、全く例外的なことが起こると、ワーッと人が集まり、ラインに人がいなくなるといった困ったことになるのです。

竹村

発想が肉体労働者なので、肉体労働者が少ないからもっと増やせ、というような…。

櫻堂

そうなのです。先ほどの「激流」に関することですが、自己リーダーシップと、全体をまとめていくようなリーダーシップが、あまり考えられていないのです。

インタビュー一覧

フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社 取締役副社長 竹村 富士徳氏

フランクリン・コヴィー・ジャパン
株式会社 取締役副社長
竹村 富士徳
Fujinori Takemura

株式会社加賀屋 代表取締役会長 小田 禎彦氏

株式会社加賀屋 代表取締役会長
小田 禎彦
Yoshihiko Oda

社団法人 全国腎臓病協議会 宮本 髙宏氏

社団法人 全国腎臓病協議会
宮本 髙宏
Takahiro Miyamoto

慶應義塾大学 総合政策学部長 國領 二郎氏

慶應義塾大学 総合政策学部長
國領 二郎
Jiro Kokuryo

サントリーサンゴリアス監督 前早稲田大学ラグビー蹴球部監督 清宮 克幸氏

サントリーサンゴリアス監督
前早稲田大学ラグビー蹴球部監督
清宮 克幸
Katsuyuki Kiyomiya

ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニー日本支社長 高野 登氏

ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニー日本支社長
高野 登
Noboru Takano

千葉商科大学政策情報学部長 井関 利明氏

千葉商科大学政策情報学部長
井関 利明
Toshiaki Izeki

日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科 平田 光子氏

日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科
助教授/経営学博士
平田 光子
Mitsuko Hirata