医療経営戦略研究所
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宮本髙宏(株式会社全腎協) VS 桜堂渉(医療経営戦略研究所)

3.全腎協は福祉避難所の設置を提案してきたが

櫻堂

わたしは大震災が発生した時、東京にいたのですが、携帯電話がまったくつながらず、メールしかつながらなかった。固定電話はどうかと思って探し回り、何とか連絡をすることができた。そのような状況で、携帯電話に依存した社会がいかに脆弱かということが露呈された、と思うのです。患者さんの安否がわからないというのは、そのネットワークの問題もあるでしょう。通信の断絶は、いろいろな意味で相当にこたえます。患者さんの安否は確認できないし、家族とも連絡が取れないわけです。今、避難所間の連絡は、どうなっているのですか。

宮本

連絡は取れるようになっているのですが、情報が上がってきていないという状況もあります。

櫻堂

そのような中で、透析患者さんに対する食事の配慮がないという問題が出ましたが、それについては、患者さんが我慢強いから言わないのですか。

宮本

この問題に関しては、慢性疾患の患者、高齢者など災害時要援護者用の福祉避難所を、平常時から何カ所か絶対に設けるべきです。全腎協としてもその提案をしていて、厚生労働省でも都道府県に対して、その対策の必要性を通知で出しています。また、それを受けた都道府県は、市区町村に対して平常時から福祉避難所を決めておいて、関係団体と連携して避難できる体制を構築し、それを住民に周知しなさい、と通知をしています。このように、行政は関連部局に通知するのですが、誰が中心になってそのような体制を構築をするのか、責任の所在は全然わからないのです。

そのような福祉避難所があれば、慢性疾患を持った患者さんに対してもしっかりと配慮ができると思います。また、福祉避難所ではなく、普通の避難所に慢性疾患を持つ患者、障害者、一般の被災者が集中するのであれば、そこの責任者が「あなたはどういう疾患を持っていますか?」と聞いて、トリアージのように区分けをすべきですね。そうでないと、患者さんは自分から「透析を受けています」と、なかなか言えないですから。一般に、避難所に入ると疾患を持った人は、先を争って良い場所を取るようなことはできないので、条件が一番悪い場所に行くことになるのです。となると、トイレに行きたくなったら困るから水分を制限したり、排便も辛抱する。こうして、また体調を壊したりする。ですから、一般の避難所であれば、やはり「区分け」をして、被災住民を分けるべきだと思いますね。

櫻堂

透析患者が臆することなく、きちんとカミングアウトできるような社会のカルチャーも必要です。また、それは、全腎協の活動の目的かもしれないですね。

行動パターンの変革に結びつける平常時の取り組みが大きな課題に

櫻堂

これまで宮本会長にお伺いしてきたことの中に、いろいろな課題がちりばめられています。今回の東日本大震災の経験知を積み重ね、阪神・淡路の時から一段階レベルアップしなければいけないですね。端的に言って、今回の大震災から我々は、どういうことを学べばよいのでしょう。

宮本

わたしが痛感しているのは、わたしども全腎協の会員さんの安否確認もできていないという現実です。どこに転居しているのか、わからない。ある意味、会員組織としては恥ずかしい話です。そのような、はなはだ残念な現実があるわけで、これからは一人ひとりの会員さんとつながっていくことが非常に重要だ。また、そのような組織体制とシステムを構築しないといけない、と思います。

櫻堂

IT(情報技術)によってワン・トゥ・ワンでつながっていれば、例えばこういうものは食べるなといった情報を送れる。また、安否確認が取れれば、その人たちに対して、こういうことに気をつけてくださいという情報発信もできて、QOLも向上する。やはり、新しい考え方に基づいた双方向性をもった何らかのネットワークが構築できると良いということですね。

宮本

もちろん、それはいいですね。

櫻堂

しかも、それは携帯電話でなく、緊急時にきちんと機能するネットワークであることが必要です。それによって安否確認ができれば、打つ手がいろいろあります。

宮本

透析患者に限らず、災害時にいきなり特別のことをしようと思っても、なかなか難しい。ですから、平常時にやっておく必要があります。例えば透析患者の場合、常日ごろから自己管理をやっていて、災害時にもそのとおりのことをしていれば、透析が一回できなかったとしても対応できる。その間に、透析医療機関も復旧してきます。

櫻堂

阪神・淡路大震災の後、多くの医療機関が災害対策マニュアルを作ったのですが、それについての実際の訓練はほとんどされていません。阪神・淡路の経験知がマニュアルまでは行き着いたかもしれないけれども、行動パターンの変革に結びつくまでには至っていなかった、と思うのです。そうした取り組みを怠っては、今回の大震災の後も、それと同じようになってしまうかもしれない。ですから、平常時にどのようなことをしておくかが、大きな課題になる。また、それが東日本大震災での総括であり、重要な反省点になると思います。

患者の視点に立ったシステム設計と医療機関と患者のネットワーク作りを

櫻堂

今後の方向性に話を進めますが、先はどのワン・トゥ・ワンの発想に立てば、いろいろと準備段階があると思うのです。例えば、自分が被災した時、まだ体が動ける段階であればどこの透析医療機関に行きたいか、第一希望、第二希望をきちんと事前登録をしておく。さらに、それを全患者さんでリスト化しておく。その情報に基づいて医療機関の需給バランスを見ることで、この医療機関はこれ以上患者さんの受け入れは無理だ、まだ可能だなど、いろいろ判断が出せる。また、それにより、患者さんもスムーズに移動できる。今後は、そのように、もっと患者の視点に立ったシステム設計が必要である、という気がします。

宮本

阪神・淡路大震災以後、いくつかの地震を中心とした災害を経験してきて、日本透析医会をはじめ各医療機関、もちろん全腎協や加盟県組織においても、災害対策のマニュアルを作ってきました。しかし今回、それが実行に移せなかったことが、一番大きな問題ではないでしょうか。それについて、わたしが個人的に思うのは、医療機関にとって透析患者さんはある種"お客さん"であり、自分のところの顧客を守るためのネットワークは絶対に作っておくべきである、ということです。

災害手帳(緊急時透析患者手帳)

4千数百ある透析医療機関がアナログでもよいから、そのようなネットワーク、システムを作っているか。正確な調査はしていませんが、おそらく、それを作っているのはごく少数でしょう。例えば、わたしがかかっているクリニックの場合、携帯電話でメールを一斉送信して安否確認をするシステムを作っていて、実験的にメールを送信し、ちゃんと受信できていると返信する訓練もしています。また、全腎協でも、会員さん向けに災害手帳(緊急時透析患者手帳)を作っていて、自分の治療情報のほか、被災した場合にはどこに行くか、その第一希望、さらには第二希望、第三希望をその手帳に書いておくことにしています。しかし実際は、どうかというと、多くの患者さんの災害手帳には第一希望も治療情報も、ほとんど書かれていません。また、せっかく書いていても、災害手帳を携帯していない。ですから、阪神・淡路大震災の経験からできあがったものを今回実行に移せなかったことが、一番の反省点になると思います。

櫻堂

今回の大震災で、知り合いのパイロット出身のドクターが仙台市に応援に行き、毎日、診療に携わっていたのですが、彼によると、パイロットは危機管理についての訓練を徹底して積むそうです。また、彼は「マニュアルは作るべきだ。日本ではマニュアルが軽んじられているけれども、それはマニュアルの作り方が悪いからだ。航空機のパイロット、乗務員は、きちんとしたマニュアルがあって、それに基づいて徹底的にトレーニングを受けるから、非常時の行動ができる」と指摘していました。

例えば、ニューヨークのハドソン川に緊急不時着したが全員無事だった飛行機事故の機長は「よく頑張りましたね。大変でしたね」とインタビューを受けた時、「いや、普段のトレーニングどおりやっただけです」と答えていました。

ニューヨークのハドソン川に緊急不時着したが全員無事だった飛行機事故

2009年1月15日、USエアウェイズ1549便がニューヨークのハドソン川に不時着水した事故。原因は、バードストライク(鳥の衝突)で両エンジンが停止したためと推測されている。機長をはじめとする乗務員の冷静な対応で、乗員・乗客の155人全員が生存し、「ハドソン川の奇跡」とも呼ばれている。

ですから、宮本会長がおっしゃるように、平常時からの取り組みが大事だと思います。ただ、情報技術が進歩している中で、紙の形の災害手帳を持ち歩くことが必要なのかという議論もあると思うのです。実際、財布も持ちだせないような状況では、災害手帳も持てないでしょうから。

宮本

先ほど言いましたように、第一義的には、医療機関とそこの患者間のネットワークを作る必要があります。それに加えて、わたしども全腎協と会員のネットワーク、地域のネットワークも作る。災害時には、これ一つで大丈夫ということは絶対にないので、これが駄目ならこっちを使うといったように、幾重ものネットワークを構築しておく必要があるでしょう。

患者会がコアを担う患者中心のシステム化を

櫻堂

事実と課題という観点からお伺いをしてきて、どんどんと問題点が明らかになってきたわけですが、今後、阪神・淡路と東日本大震災の経験知を生かしながら、より良い未来を作っていくという視点に立つべきだ、と思うのです。では、どうするのか。少し格好いい言い方をすれば、それはイノベーションだ、と。社会的なインフラのイノベーションを、どのように透析バージョンで作っていくかという話だと思うのです。

宮本会長がおっしゃるように、責任感や社会的使命感に基づいて医療機関が安否確認などのネットワークを作るべきだということは、間違っていないと思います。ですが、医療機関も多様化していますから、やはりネットワークづくりには限界がある。先ほどの宮本会長のお話によると、残念ながら今回は、事業者団体が作ったシステムは十分には機能しなかった、と聞きます。ですから、今後考えるべきは、患者さんを中心としたシステム化で、そのコアは患者会が担ったほうがよい。そのセンター・オブ・コントロールは全腎協が一番ふさわしい、と思うのです。

全腎協を主軸にして、ITの専門家や情報の分野、システムの専門家等が結集し、新しい“知”をつくりあげる。そのような新しいシステムを構築していく。何と言っても全腎協は10万入超の組織であり、しかも会員と非会員に分け隔てなくインフラを提供すれば、社会的に相当意義がある。それは、社会的な正義感だと思うのです。今後、いろいろ検討しながら、そのようなイノベーションを創り上げていけばよいのではないか。こうした構想について、どう思われますか。

宮本

今後、阪神・淡路や東日本大震災の経験知を有効に機能させるためには、そのようなシステム構築が必要だと思います。また、わたしども全腎協は、もちろん10万会員を守ることが大事ですが、30万人のすべての透析患者さんの治療を確保し、命を守る。それが、我々の大きな使命だと思っています。

櫻堂

その電子化、システムに関して一つ補足しますと、本誌前号で國領二郎・慶應義塾大学教授もおっしゃっていましたが、日本は“個人情報パラノイア”になってしまって、機能しないというわけです。災害時は、患者さんを救うためにも、個人情報保護についてもっと緩くしないといけないのではないか。そのへんは、もっと考える必要がありますね。

宮本

十分あると思います。わたしも阪神・淡路大震災を経験し、この会でずっと災害対策を担当してきて、その問題については、たびたび発言をしてきました。今の個人情報保護法を何とかしない限り、完全に安否確認ができるネットワーク作りは無理だと思います。あの法律が、まったく逆に作用しています。

櫻堂

それは、情報化における重要なポイントだと思います。

インタビュー一覧

フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社 取締役副社長 竹村 富士徳氏

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株式会社 取締役副社長
竹村 富士徳
Fujinori Takemura

株式会社加賀屋 代表取締役会長 小田 禎彦氏

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Yoshihiko Oda

社団法人 全国腎臓病協議会 宮本 髙宏氏

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宮本 髙宏
Takahiro Miyamoto

慶應義塾大学 総合政策学部長 國領 二郎氏

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國領 二郎
Jiro Kokuryo

サントリーサンゴリアス監督 前早稲田大学ラグビー蹴球部監督 清宮 克幸氏

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清宮 克幸
Katsuyuki Kiyomiya

ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニー日本支社長 高野 登氏

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Noboru Takano

千葉商科大学政策情報学部長 井関 利明氏

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Toshiaki Izeki

日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科 平田 光子氏

日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科
助教授/経営学博士
平田 光子
Mitsuko Hirata