医療経営戦略研究所
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高野登(ザ・リッツカールトン・ホテル・カンパニー日本支社長) VS 桜堂渉(医療経営戦略研究所)

1.リッツ・カールトンのクレド経営とは?

絶対はずせない基本はマニュアルで

櫻堂

コンサルタントを始めて20年以上になりますが、いまだに思うのは、「患者のための医療」と言われながら、医療機関の軸足はまだ患者に向いていないことです。今日は高野さんのお仕事のなかから、本当のホスピタリティを実践するためのヒントをいただき、エッセンスを提供できればと考えています。

私がリッツ・カールトン・ホテルに注目したのは大阪がオープン後の1997年頃です。2002年に大阪へうかがい、今はコンシェルジェになられている佐藤郁子さんにお会いし、リッツ・カールトンのホスピタリティに触れる機会をいただき、とても勉強になりました。

今日はまず、医療関係者も注目をし始めているリッツ・カールトンの“クレド経営”についてお聞きしたいと思います。

ザ・リッツ・カールトン・ホテル

アトランタの不動産王W・B・ジョンソンが、顧客一人ひとりを大切にする理想的なホテルを作ろうと「モナーク・ホテル」の建設に取りかかっていた1983年、リッツ・カールトンが唯一アメリカで営業していたボストンのホテルが売りに出されたのを知り、すぐに買収。計画中だったモナーク・ホテルの理念を統合したザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニーを創設した。その後20年余りで世界63ヵ所にホテルを展開、日本では1997年に大阪・梅田で開業、2003年には日経ビジネス誌で国内ランキング1位になるなど高い評価を得ている。2007年3月には、六本木にザ・リッツ・カールトン・ホテル東京が開業。

高野

クレドについてお話する前にマニュアルについて少しお話したいと思います。
ホテルでもマニュアルはしっかり作られています。病院や航空業界もそうですが、人の命や財産をお預かりするということは大変なことです。絶対にぶれてはいけない基本を仕事のど真ん中に置くべきだとすると、マニュアル抜きには考えられないからです。特に病院は、ちょっとした問題が起こっても「医療ミス」としてクローズアップされます。医療従事者の皆さんが疲れきっていることは私も知っていますから、そこまで責任が問われるのかと思うことがあります。

ホテルの中にも、警備やキッチンのようにお客様の命にかかわる部署ではマニュアル抜きにはコントロールできません。分厚いバインダーが何冊もあって、毎年改訂されますから何度も読み込まなければなりません。よく「リッツ・カールトンにはマニュアルがなくていいですね」と言われますが、とんでもない。マニュアルという“大黒柱”があるから方向性がぶれないのです。

櫻堂

高野さんは著書のなかでこう書かれています。日本人は文化的にも民族的にも違和感なく育ってきたから、チームプレーをするための仕組みづくりが重要視されてこなかった。だからマニュアルの本当の意義も理解しづらい。一方、文化も宗教も教育レベルも異なる多くの人々が共存するアメリカ社会では、表現しなければ相手に理解させることができない。だから自然に、均質な結果をだすための仕組みが生まれてくると書かれています。まさにその通りだと思います。

高野

ニューヨークで仕事をしていた時にことです。ユダヤ人の同僚が金曜日の夕方4時半頃になると急にそわそわし出すのです。彼らは宗教上、日没までに家に帰らなければならないからです。日没を過ぎると物を動かしてはいけない。エレベーターのボタンも押せません。日本人なら仕事だからと割り切れますが、ユダヤ人にとって仕事は人生を豊かにするための手段に過ぎないので、人生を犠牲にするものではない。だから彼らと一緒に仕事をしていると勤務シフトに異変が生じますが、そうした要素をあらかじめ想定しておかなくてはなりません。

一定の時間になると決まった方向に向かってお祈りするお客様もいますから、客室の引き出しの中には、お祈りする方角を書いた紙が貼ってあります。従業員でもお祈りの時間が来ると仕事を中断しますから、異なる宗教の従業員を採用しておかなくてはなりません。

櫻堂

標準化する以前の問題として、民族が異なる感受性も全く違うし、感覚も文化も違うからプロセスをきちんと表現しないとスタンダードなんか生まれっこないということですね。日本の病院はマニュアルをよく作りますが、業務手順が事細かに並べられているだけで、なかなか生きたマニュアルはできません。

そもそもマニュアルの考え方が間違っているのです。決してマニュアルがその行為の上限を示しているものではなく、マニュアルそのものは、行為の下限を示しているのだという考え方、つまりマニュアルを超えなければならないといった考え方が重要ですね。

まず哲学ありき

高野

リッツ・カールトンは「クレド経営」だとよく言われますが、本当はクレドに至る前に、ビジョンとミッションといった経営哲学がしっかりしていることが大前提です。それをよりわかりやすく納得しやすい言葉で従業員全員に伝えるにはどうしたらいいかと考えたときに、こうしたカード形式のクレドが出来上がったわけです。

クレド・カード

「クレド」とは、ラテン語で「信条」「理念」を表す言葉。リッツ・カールトンはスタート直後の1984年、W・B・ジョンソンと5人のホテルマンが「リッツ・カールトンはお客様や従業員にとってどんな存在であるべきか。そのために私たちは何をすべきか」を徹底的に話し合った。その内容を小さなカードにまとめたもの。理念や使命、サービス哲学が書かれており、従業員はいつも身に着けている。表紙には「リッツ・カールトン・ホテルは、お客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供することをもっとも大切な使命とこころえています」という「クレド」の他に、「モットー」や「従業員への約束」「サービスの3ステップ」が、裏面にはスタッフの行動指針「ザ・リッツ・カールトン・ベーシック」が掲げられ、これらを総称して、「ゴールド・スタンダード」と呼んでいる。

しかし、ビジョンや経営哲学というものは、印刷して手渡すだけで従業員の中に浸透するというものではありません。会社を存続する意味はどこにあるのか、会社にとって内部顧客と呼ばれる従業員や取引先の業者さんはどんな位置づけなのか、外部顧客と呼ばれる人たちは会社にとってどういう位置づけなのか、これらがきちんとわかっていないとクレドは機能しないのです。

その点、リッツ・カールトンは「従業員の約束」の中で、会社は従業員のためにあると言い切っています。一時、「会社は誰のためにあるのか」という議論がありました。株主のため、オーナーのため、お客様のためなどいろいろありますが、まずはまずは従業員のためにあると明確に位置づけたのです。

もちろん、お客様も従業員も、会社にとって大事だと位置づけていますから、「お客様と従業員とどちらが大事か」という問いには意味がありません。会社が従業員を、最も大切な財産、プロフェッショナルな「人財」ととらえ信頼しますと、こんどはその信頼に応えたいと従業員は自分から創造的な仕事して誇りや喜びを得ようと努力します。仕事をする自分の立ち位置が決まるからです。

ですからリッツ・カールトンには、「自分はお客様に奉仕するサーバントだ」というスタンスの社員はいません。「紳士淑女にお仕えする我々も紳士淑女です」というモットーが我々の基本姿勢だからです。これらをゴールド・スタンダードと呼んでいますが、わかりやすい言葉で書かれたホスピタリティの精神を、いつでも持ち歩いて読み返せる小さなカードに落とし込んだのがリッツ・カールトンのクレドなのです。この理念や哲学を従業員が自分のものとして承認しなければ、それこそ絵に描いた餅となり、作っただけで終わってしまうでしょう。

サービスを超える瞬間とは

櫻堂

クレドは一日にして成らず、ということですね。
では、マニュアルが求めるサービスの質を超えるために、クレドはどのように生かされているのでしょうか。

高野

ホテルの仕事にはドアマン、ウエイター、営業、セキュリティなど様々な役割があります。会社から与えられた、いわば組織論上の役割分担をきちんと全うするために作られるのがマニュアルです。まずマニュアルの規定を消化して完全に自分のものにします。ここまではどの会社も同じだと思います。

リッツ・カールトンの従業員は次に、「お客様への心のこもったおもてなしと快適さを提供すること」という使命を果たすために、自分の役割を通して他にどんなことができるのかを考えますから、その時のクレドが生きてきます。例えばメイドなら、部屋をきれいに清掃したら役割は終わるけれども、リッツ・カールトンのメイドの使命はまだあります。リピーターのお客様がチェックインしたのなら、前回は仕事のために部屋の照明を明るいものに変えていたといったことがわかるので、あらかじめ電球を替えておき、『必要がなければ元の明るさにお戻ししますので、おっしゃってください』と自分の名前を添えたメモを置きます。すると、部屋がきれいに整えられているだけでなく、お客様のAさんと、お迎えの準備を整えたメイドのBさんとの間に、紳士と淑女の関係性が生じ、感動が生まれるのです。

インタビュー一覧

フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社 取締役副社長 竹村 富士徳氏

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ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニー日本支社長 高野 登氏

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Toshiaki Izeki

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日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科
助教授/経営学博士
平田 光子
Mitsuko Hirata