医療経営戦略研究所
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國領二郎(慶應義塾大学総合政策学部長) VS 桜堂渉(医療経営戦略研究所)

2.基盤:クラウドコンピューティング

データをきちんと 取って医療を改善していく

櫻堂

1番目の話に関して、ソフトバンクの孫正義社長が「光の道」構想についていろいろ提言・要望をしていますが、それを医療に置き換えて考えてみると、要するに電子カルテも1つの公共投資が変わっただけのものではないか、という批判があります。しかし、電子カルテのようなインフラを整備することは、その先の新しいいろいろな取り組みを活性化させることにつながる。今になって見ると、電子カルテを普及させたことで情報がつながるようになり、質の評価をするきっかけになった、と考えられるのですが。

「光の道」構想

2015年頃を目途にすべての世帯でブロードバンドサービスを利用するという、総務省の構想。総務省では「光の道」構想に関して意見募集を実施し、特にNTTグループのあり方に関して、各界から意見が出されている。

國領

電子カルテについては、まだまだ導入コストの高さ、ユーザーインターフェースが悪くて医師に負担感ばかりが残っているなど、いろいろ問題点があることは自覚しておかないといけない。そのうえで、データをきちんと取って医療そのものを改善していくことにつなげていきたい、と思っています。個人が生まれてから今に至るまで、どのような診療を受けてきたのか、本人が知りたければ、それをさかのぼって知ることができるという状態を作りたい。それによって個人のデータがたくさん蓄積していくと、「これまで分からなかった疾病の因果関係なども、かなり分かってくるはずだ」とおっしゃる専門家もいます。

櫻堂

医療は、技術論的には「中間技術」といわれていて、あまり再現性がなく、経験に基づいてずっと行われてきました。このような医療においてデータの蓄積が増えると、おそらく、治療などでの確立が効果的になっていくだろう、という気がします。先生のご専門の分野、例えば経済学的にいうと、情報技術、イノベーションによって治療などのフロンティア曲線がシフトすることはあるとお考えですか。

國領

当然、そういうところを狙っていきたいですよね。

安全性を重視することで割高になっている

櫻堂

では今、情報化の最大のネックは何ですか。例えば、診療情報、診療実績を集めて評価するにしても、救命率など調整しないと出せないデータがありますね。それに対して医師団体が過剰に反応するとか、そもそも法的にあるいは制度として、そのようなデータは出してはいけないなど、制度設計の中で情報化がいろいろ阻害されることがあるのではないでしょうか。

國領

やはり、データ活用における個人情報の保護についての考え方がいつまでたっても定まらないことが、大きなポイントではないでしょうか。いろいろな理由によって、データを活用することに対しては強い規制があります。

例えば、政府のレセプト・特定健診等情報データベースに研究者がアクセスしようと思っても、まだできないのです。せっかく情報を集積しているにもかかわらず、それが使えない状態になっている。ですから今は、制度的な垣根があることで、それぞれがコスト高になっている。

レセプト・特定健診等情報データベースについて

厚生労働省は平成22年10月、「レセプト情報等の提供に関する有識者会」を設置し、レセプト・特定健診等情報データベースのデータを、医療費適正化計画の作成・実施・評価のための調査・分析以外の目的で提供するためのガイドライン作りを始めている。試行的に、平成23~24年度においてデータ提供を始める見込み。

例えば、ネットワークにしても、セキュリティが強調されるため、レセプト用のネットワークと電子カルテの情報を交換するネットワークは別々に張らないといけない、といったことになっています。実際にフルセットで電子化しようとすると、回線をいくつも契約し、システムも何系統も入れないといけない。こうして、どんどん割高なものになっていき、町の診療所では「そんなお金、払えないよ」とおっしゃる方もいる。

このように日本は今、安全性を重視することで割高になっている。いわば“セキュリティ・パラノイア”の状態で、これはかえって危険ではないか、という感じがします。

ごくごく例外的なことのために 全体が不便になっている日本の医療

櫻堂

ニューヨーク州での診療実績がインターネット上に公開されていて、心臓バイパス手術のデータを見たことがあるのですが、病院別・ドクター別まで成績が全部オープンになっているのにはびっくりしました。このように、アメリカでは個人の情報に関する規制がかなり緩い、と思うのです。

國領

匿名化したデータは公共のものであって、公共のものは国民に開示するものであるという原則を、アメリカのようにきちんと持っていればよいのですけどね。ただ、匿名化かどれくらいきちんとできているかということも、結構議論になっています。例えば、まれな疾病をお持ちの方は、その病名だけで誰だか分かってしまう。このような、難しい話もいろいろとされています。日本の場合は、ごくごく例外的なことのために、全体がすごく不便なものになってしまっている。トータルで考えたとき、どっちが危険か、危険でないかという発想が必要ではないか、と思うのです。

櫻堂

その情報化と個人情報のあり方に関して、医師側のパーティはどうなのですか。情報化を歓迎しているのか、そうではなくて「自分ところの情報がオープンになったらまずいよ」と言っているのでしょうか。

國領

確かに、医師会から異論が出るような話は多いのですが、医師が情報をオープンにするという意識を持っていないかといえば、そんなことはない。実際、レセプトが透明化されて、本当に困る医師はそんなにたくさんいるわけではないでしょう。世の中には、医師は診療報酬をごまかしている、というようなイメージも依然あるけれども……。

櫻堂

そんな医師はほとんどいないと思います。診療報酬の仕組みができあがってしまっているので、ごまかすといっても限られます。DPCでは情報を開示するという前提ですべての病院がエントリーしているわけですが、これが1つの突破口だったと思うのです。DPCの仕組みができあがって、知らず知らずのうちにDPC対象病院はデータを吸い上げられて、あまりオープンにはされないけれども、見ようと思えば見ることができるようなデータベースができあがっています。また、「どこでもMY病院」といった流れの中で、臨床のレベルを上げるという話と、効率化させようという政府の意図が見え隠れしています。

医療の現場に入って我々が思うのは、一生懸命やっているトップもドクターたちもいるけれども、ひどいところはひどくて情報が閉ざされていることです。透析でいえば、医療機関についての情報が患者さんには分かりにくいので、ずっとそこにかかり続ける。その情報がある程度公開され、質の競争が起こったり、患者さんの移動が起こったりするようになると、質の悪い透析施設が淘汰される。それは情報の力ではないかと思います。また、そこは何とか進めていただきたいという気持ちが、わたしにはとても強くあります。

國領

そのあたりになると、情報技術だけの話ではなくて、制度設計をどう対応させるかということだと思います。

金科玉条的な「対面原則」は かえって国民を危険にさらす

櫻堂

遠隔医療の技術については、確立されていると考えてよいのですか。例えば遠隔の手術のようなものは今、大学ベースで実験的に行われている。また、慢性疾患についての遠隔による診断のようなものは地方では結構行われていると聞いています。ただ一般には、遠隔医療は規制がかかっていて、なかなかできない。しかし、わたしは遠隔医療を進めることは基本的には良いことであると思っています。

國領

わたしも基本的に遠隔医療は前向きに取り組んでよいのではないかと思っています。医療での「対面原則」というのも気持ちとしては分かるのですが、医師がほとんどいない地域が日本にはいっぱいあるので、金科玉条的な「対面原則」は、かえって国民を危険にさらしているのではないか、という気がしています。

おそらく、その「対面原則」を譲ると医療費がどんどん削減されてしまうと警戒し、医師会の方などが遠隔医療に反対したくなる気持ちも分かるのですが、医療費をそんなに増やせない現状において、国民の命を守るという観点から考えると、やはり遠隔医療はきちんとやっていくべきだと思います。

そこから先、例えば“D to D”(医師-医師)がよいか、“D to P”(医師―患者)がよいのか、“D to N”(医師-看護師)はどうするか、ナースプラクティショナーはどうするかといった各論は、いろいろとあると思います。ただ、看護系大学と大学院をあれだけ造ったのだから、ナースプラクティショナーを養成し、医師の指示、遠隔医療の下でナースプラクティショナーが一定の医療行為をするのは、よいのではないでしょうか。

いずれにしても、ジェネラル・メディスンの方が地域にいて、専門医が遠隔でサポートするという形は、ある程度できていますよね。今のところ、診療報酬の問題があって、それが変な形になっていますけど。ですから、先ほど第1のポイントとして申し上げたように、限られた医療資源を最大限に有効活用していく。そうすることが実は、医師がクタクタで倒れそうになっているという問題を解決することにもつながっていく。そのためにも、あまり規制などと言っていないで遠隔医療はやるべきだと思います。

櫻堂

ある公的な医師の公のグループと話しますと、これからの透析医療に問しては、このままでは医師、看護師、臨床工学技士のようなスタッフそれぞれが相対的に減り、立ちゆかなくなるという、最悪のシナリオが生まれる恐れがあるという認識はあるのです。

では、それを防ぐため、ナースプラクティショナーのような新しい制度、アメリカの“minute clinic”みたいな簡易クリニックを作るのか。また、「遠隔医療でサポートしながらやっていき、それによって医療資源を効率的に使いましょう」とお話ししますと、心あるドクターは分かってくれます。しかし最後の最後のところで、「自分たちは困っていて、未来も困るんだけど、自分たちの既得権益を手放すことに問しては、医師会としては合意できないだろう」と、どうしても反対の意見が出てくる。

そこが、いつもネックになっているのです。

結局、日本の問題というのは、情報化うんぬん以前に、先生のおっしゃる1番目の問題の「限られた資源の効率的活用」です。困りました(笑)。

國領
でも、先ほどDPCのことをおっしゃいましたが、合理性のある領域は、ちゃんと進んでいく。そんなに悲観することもないと思います。

インタビュー一覧

フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社 取締役副社長 竹村 富士徳氏

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社団法人 全国腎臓病協議会 宮本 髙宏氏

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慶應義塾大学 総合政策学部長 國領 二郎氏

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ザ・リッツ・カールトン・ホテル・カンパニー日本支社長 高野 登氏

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千葉商科大学政策情報学部長 井関 利明氏

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Toshiaki Izeki

日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科 平田 光子氏

日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科
助教授/経営学博士
平田 光子
Mitsuko Hirata