医療経営戦略研究所
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平田光子(日本大学大学院グローバル・ビジネス研究科 助教授/経営学博士) VS 桜堂渉(医療経営戦略研究所)

1.医療機関は理念で変わる

櫻堂

透析というマーケットには、組織や経営がなかなか変われないという構造があります。これまで透析マーケットの医療機関は他科に比べて相対的に高額の診療報酬で支えられてきたことと、慢性疾患を対象にした業態なので、患者は一度その病院にかかるとリピーターになり、よほどのことがない限り移動しません。利益が出てくれるなら、経営者側には組織を変えようというインセンティブが働かず、規制緩和の環境下でもサービスマインドが形成されず、サービスの質を変えようとするモチベーションも機能しません。現状では、質向上のための組織のゴールセッティングは難しい課題です。
平田先生は、組織の戦略と組織の行動がご専門なので、慢性疾患を対象とした透析医療施設の構造と組織がどうすれば構造変化を起こせるかについてお聞かせいただければと思います。まず、変革を求められている組織と理念の関係についてはどのようにお考えですか。

平田

組織には大きく分けて、利益志向の組織と非営利組織の2つがあります。後者には行政と、病院も一部入るかもしれません。利益志向の組織は、常に競争しており、客も自由に選んでいるし、従業員も就職先を自由に選べます。一方、たとえば横浜市民は横浜市の行政サービスを受けなければなりません。選択の余地のない組織は固定的になります。小泉行革の背景には国の財政破綻があるように、そこまでいかなければ非営利組織は変わろうとしないのです。唯一、変わるチャンスがあるとしたら、櫻堂先生がおっしゃった「理念ドリブン」です。

医療機関は営利と非営利の中間に位置しています。ただ、地域性はある意味で固定されていて、患者の選択には一定の限界があります。たとえば、北海道の旭川に非常に良い透析施設があったとしても、飛行機で毎週行くわけにはいきません。でも、車で30分ほどの隣町に、非常に良い施設ができたら移るかもしれない。その意味では、行政サービスほど縛られておらず、適度な競争下にあるという特質があるのではないでしょうか。

櫻堂

営利と非営利の中間に位置する医療機関は、やる気になれば変われるところが救いですね。

質とコストはトレード・オフの関係でない

平田

組織が変わるには、内部に起業家魂に裏付けられた強いリーダーシップがあるか、もしくは外部要因なら診療報酬改定や医療ベンチャーが進出してきたときですね。一般産業にも政府の規制で保護されてきた業界がありましたが、規制撤廃でがらりと構造が変わりました。身近な例では、大規模小売店舗法の廃止があります。透析医療の世界はこれまで、平和で安定した状態を形成してきましたが、その保証はもうありません。

櫻堂

医療界はようやく危機感が生まれつつある状況です。医業収入は2002年に8%前後下がり、今回の引き下げを合わせると15~16%も下がることになります。この強いプレッシャーによって、「蓄積してきた脂肪を筋肉質に変えなければ」という意識に変わるでしょう。

平田

診療報酬が変わると、今までの安定構造がバランスを崩します。そのとき必要なのは経営マインドです。「報酬が下がったらコストを下げる」という単純な発想は経営マインドとは言えません。ただコストを削減するのではなく、もっと質の高い医療を提供して患者を増やし、売上げを伸ばそうとする。そう考えれば、診療報酬のダウンは、経営立てなおしのチャンスとなり、経営マインドのある施設とない施設との間に大きな開きがでてくるでしょう。

櫻堂

同感です。医療界は「診療報酬が下がれば、医療の質が下がる」と反対しますが、米国の著名なコンサルティング会社のリーダーとして知られるエバンスは、「質とコストはトレード・オフの関係にない。コストを下げながら質も上げられる」と言っています。私もそれは可能だと思っています。質を上げるマーケット構造になり、競争についていけない施設と、成長する施設に明暗が分かれてくるでしょう。また、情報技術の進歩でネットワークができたことも、経営の変化を促す大きな要因ですね。

平田

高度情報化社会では、高齢者も簡単にネットワークで情報を検索するようになり、各医療機関のサービスの質についての情報がすべてわかってしまう。医療機関は自分たちの質を隠しておけない、質の競争時代に入っているのです。

櫻堂

良いことばかり書くのではなく、マイナスの情報も公表しなければならないということです。医療機関はまだ、良いことばかり言っていることが多いのですが、いくつかの病院では積極的に医療事故や患者の声を公表しており、そういう医療機関が信頼されていくでしょう。

平田

患者は命がかかっているので必死に情報を探します。医療の質をどれだけキープするかということと、情報をどれだけコミュニティや患者・家族にアクセスできるかが、勝負どころになるでしょう。規制緩和により、さらに情報の非対称性が壊されることが促進されてゆくのです。壊された時に、どれだけ信頼できる情報を提供できるかです。だから医療過誤のニュースでは、事故そのものより対応の仕方(情報公開)のまずさが問題にされるのです。

櫻堂

医療消費者側もだんだん賢くなってきて、誰でもちょっと考えれば、労働集約型の医療ではヒューマンエラーは起こるものだとわかる。にもかかわらずエラーを隠そうとしたり情報を改ざんしようとするから、かえって大変なバッシングを受けることになる。「理念ドリブン」の重要性は感じますが、多くの病院が判で押したように「患者様中心の医療」などと掲げていても、お飾りになっていないか心配です。

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