施設の改善・改革・成長と
医療の質向上に大きな手掛かり
2.提言
時代は患者も参加した「質の競争」を求めている
経済や経営学の専門家はよく、「計測することにのみ意味がある」とか「計測することによってのみ発展がある」と言う。また、米国の著名な経営学者のマイケル・ポーターは「質の良い医療機関同士が情報に基づいて競争し合うことによって良い医療が生まれる」と明言している。
つまり、経営の競争ではなく質の競争に待ち込むべきだというのだ。そのために必須なのが確かな情報、データである。まぎれもなく情報が世界を動かす時代なのだ。
今後の継続調査と透析施設・医療者と患者・患者会の協力・協働の重要性を指摘する、今回実態調査リサーチ部会主任の塚田典子・日本大学大学院教授
そして、この質の競争に欠かせない「参加者」が医療の一番の当事者である患者と患者組織である。彼らが自らを高め、自立しようとして発信する情報を抜きにしては、どの医療機関も勝ち残れないだろう。彼らの主体的な参加によって競争は活性化し、医療システム・制度はより良いものに変わる。
こうした競争を促進する仕組みをつくっていくことを時代は求めている。それなしには、今の困難な状況はなかなか変わらないだろう。
この点に関連して、今回の調査で目立った点の一つは自由記述がきわめて多かっただけでなく、ともすると受け身になりがちな患者が、情報の確認、医療の質の改善、進歩、意思疎通、研究などの言葉を用いて積極的、建設的といえる問題提起をしており、さらに、データによる自己管理、主体的な判断、患者の自立といった今後の医療のあり方を考えるうえで重要なキーワードによる記述をしていることは注視する必要があるだろう。
加えて、移植によって透析を離脱した複数の人が引き続き会員として患者会の活動に参加していることも併せ考えると、新たな活動の芽の胎動が感じられるのではないだろうか。
(4.今後についての「新たに透析を始める人へのアドバイス」参照)
(1)保存期と透析導入期をつなぐ情報 提供・医療連携体制の構築を
本調査から明らかとなったのは保存期における情報格差(情報の不足や欠乏)である。
医療者の提供する「知識・情報」が透析患者の行動に影響を与え、また患者満足度に影響を及ぼすことから、透析導入前の保存期における患者への「透析医療に関する知識・情報」の提供体制、医療連携体制をどのように構築するかが重要な課題となる。
一口に情報・知識の提供というが、保存期から透析導入前の患者への知識・情報を誰がどのように提供するのか?といった具体的な提供体制は今のところ確立されていない。このためにいざ透析という段階において、患者は唐突に透析医療が施されたという待ったなしの状況に追い込まれたと感じ、なぜもっと前から教えてくれなかったのか?同時に、なぜもっと前から情報収集をして準備しなかったのか?と自責の念にかられるとともに、医療者や医療システムに対する疑念を持つことになるだろう。
一般に保存期と維持透析では、その診療過程において同一施設で診療が提供されることは稀であり、各ステージでそれぞれ別の専門の医師であったり、腎臓病以外の治療の際に発見されたりして、透析施設以外で治療を受けている場合がほとんどである。
調査結果が示すとおり、医療者からの情報がいかに患者の不安を取り除くかが明らかになった。特に保存期において透析に関する知識・情報を患者が得ることが、患者のその後にとってきわめて効果的であるかが示された。
それだけに、患者の保存期にかかわる医師をはじめ看護師・栄養士などのコメディカルが、原疾患の治療の過程の先にある「透析治療」の内容・現状を知ることは重要である。
患者会や第三者機関にも期待
透析患者の多くが「透析になるとは思っていなかった」「きちんと原疾患の治療をすればよかった」と答えていることから、保存期における透析に関する知識の少なさを悔やみ、現在の身体的・精神的状況に影を落としていることがわかる。
さらに、保存期に透析の知識を得ることが結果として原疾患の治療に向かう気持ちにもプラスに影響することがわかった。
保存期にこうした知識・情報を多く提供するためには、透析を知っている医療者や関係者が積極的に保存期の患者に関わる必要がある。
例えば、透析医による勉強会に糖尿病専門医や腎臓内科、あるいは循環器、整形外科の医師などに参加してもらう。
また、透析看護の認定看護師や透析療法指導看護師による透析治療の生活指導、現在の透析機器の説明、栄養士による栄養指導など、透析治療を受ける生活がどのようなものかを患者だけではなく、医療費にも広く知らせ連携を図ることが求められる。それによって、患者に透析が必要になったときに保存期に関わる医療者が患者の不安を軽減し、その後の透析を担当する医療者がスムーズにその問題を引き受けることができる。
すなわち、保存期における患者が情報・知識を獲得し、理解度を高めるために、保存期を担う施設側や医療者が情報提供を丁寧かつ十分に行う必要がある。
また、保存期の患者の情報支援を行うために、医療提供側のみならず、他の組織が情報の非対称性(情報格差)を改善し補完するよう患者に働きかけるといった情報提供体制を構築することが求められる。
具体的には患者会や第三者機関がインターネットやコンサルテーション機能を提供しながら、役立つ情報・知識を提供していくといったことも検討する必要があろう。
(2)医療の変革には患者サイドからの情報発信が必要
本調査では、一見すると患者はほぼ希望通りの施設に行くことができたと思える一方で、医師の対応、スタッフの対応、施設が提供する医療の質、施設の清潔さに不満を抱いているといった患者像が明らかになった。また、22%強もの患者が現在の施設を変わりたいとしながらも、現実的には現在の施設に留まり、行動を起こしていないという現状が明らかになった。
多くの患者が不満を感じながらも施設を変える決断ができないでいることについては、今後更に患者の行動様式について調査・研究を勧める必要があるものの、医療機関が提供する治療の種類(HD、HHD、CAPD等)や医療サービスについての情報、とりわけ質的な情報が不足していることが挙げられる。
今回の患者調査でこの点が初めて明らかになったことは極めて重要な知見であり、このような状態を看過し放置することは決して医療の質を向上させるものではなく、また医療を効率化させるものでもない。これを変えていくためには、施設経営者や医療者が情報提供を積極的に行うとともに、透析医療の需要者=患者が施設情報を共有すると同時に、自らも情報発信することこそが、医療施設の供給側の変革を促すことにつながると考えられる。
そのためには患者の代表としての患者会の情報化に関する機能強化が求められるほか、第三者機関がインターネット等の情報提供手段を講じながら医療機関のオーディット(審査)や施設情報の提供と共有化を行うことにより、透析医療全体の質の向上と更なる効率化、患者中心の透析医療の実現の契機をつくるといった取り組みが必要になるだろう。
しかし、今は情報社会といわれながら的確な情報が圧倒的に不足しているのが現実である。それでも、現在ある新しいビジネスモデルを応用していけば、それほど困難なく情報提供機能や相談・コンサルテーション機能をもったコールセンターのようなものがつくれると思う。全腎協も含めて、それをやっていくことが大事だ。とにかく、情報化をすることが問題の解決と改善につながる。そこが原点である。
(3)患者ニーズに応えられる組織マネジメントの充実を
医師やスタッフに対する不満の多くは、患者との確かな信頼関係が構築できていないことをもって説明できるのではないか。医療費の仕事に向かう姿勢について疑問を持っていること、施設経営者に対しては施設運営方針に対する疑問があること、特に医師に対してその技量と人的資質を見ている、ということではないか。
こうしたことに疑問や不安を抱えながらも患者が、「地方では選べるほど施設がないので医師やスタッフには何も言えない」「いったん通院してしまったら、なかなか他に移るとは言い出せない」(記述欄より)といった状況・心情で通院し続けていることに医療者は気づき、対応と状況の改善に努めることが期待されている。
透析施設のスタッフは、多くの患者たちが身体的・精神的満足を得られないままそこに身を置くことの苦痛がどのようなものか想像力を働かせ、時に透析以外の悩みも傾聴し、病状や薬・治療法など患者の望む情報を提供しながら、気持ちを新たにして「病気を診る」のではなく「人を診る」ことをしなければならないのではないだろうか。
それには施設経営者は、医療者や現場のシステムを改善するためにマネジメントを充実させなければならない。スタッフのスキルアップとともに患者へのサービス教育に注力する必要がある。こうした取り組みの中に医療者が患者と向き合う姿勢が表れ、その結果、患者を安心・納得させることができると考える。
自由記述欄の「ただ生きているだけではつまらない。生きがいを何に求めるか、社会生活の中で笑ったり泣いたり、時に感動も味わってみたい。意欲と向上心を失わないようにしたい」という切実な言葉に患者の願いのすべてが表現されており、医療者はこの願いにプロとして真摯に向き合ってほしいと願う。
相互理解を深め、強い信頼関係と地域医療システムの再構築に向けて
医療機関が組織として成長するためには、組織のマネジメント体制を変革しなければならない。しかし、この変革を組織の内部だけで行おうとすると限界がある。変革を実現するためには、透析医療の一番の当事者であり需要者である患者側からの情報等のフィードバックが不可欠であり、それが透析医療サービスの向上に大きく寄与すると確信する。
患者側も現在のサービス上の欠陥のみならず、優位な点、良い点についてもフィードバックするシステムを供給側と構築することにより、医療者と患者間の対話、コミュニケーションが生まれ、相互理解が深まって豊かで強い信頼関係を形成されることになる。
例えば、「CAPDやHHD(在宅血液透析)にしたいがフォローをしている施設がない」などのニーズも増えていることから、今後は必然的に在宅へのニーズも高まると思われる。こうした若年層や有職者の患者ニーズに応えようとすれば、在宅医療の整備などが必然的にその体制に組み込まれるような組織マネジメントの方針が求められるだろう。
診療報酬改定をめぐる動向などを考えると、今後こうした点を一つの軸に変化が起きてくるのではないか。通院をめぐるアクセスの問題でも、時間短縮など地域における透析医療の供給体制を再構築することが求められよう。