日本の透析医療市場白書 2026
就労世代という医療的空白と
セルフ透析が示す可能性
日本の透析医療市場白書 2026
――就労世代という医療的空白と、セルフ透析が示す可能性――
- 発行:医療経営戦略研究所(2026年6月)
- 調査協力:alba lab(2024年度グッドデザイン賞受賞)
- 調査対象:セルフ透析患者21名(アンバサダープログラム参加者)
全国の透析患者就業率は27%(日本透析医学会 2022年統計)にとどまる一方、セルフ透析を実施する患者の就業率は81%――。医療経営戦略研究所は、日本初となるセルフ透析患者の就労・QOL実態調査(n=21)を核として、透析医療における「就労世代」という制度的空白の実態と、セルフ透析が示す社会的可能性をまとめた白書『日本の透析医療市場白書 2026』を発行した。政策立案者・行政・メディアに向けて、現状の医療システムが対応できていない課題と、その解決に向けた提言を行っている。以下、白書の内容をダイジェストして紹介する。
日本の透析医療の現状
日本の透析医療市場は、患者数・医療費ともにほぼ横ばいで推移してきた「固定サイズの市場」である。透析患者総数は約34万人(2023年)、年間新規導入患者数は約3.6万人、年間の透析医療費総額は約1.6兆円、1患者あたりの年間医療費は約500万円にのぼる。透析施設数は全国に約4,500施設。医療技術の進歩によって患者数が大きく増減する市場ではないため、「どの患者にどの価値を提供するか」という視点の転換こそが、施設ごとの収益構造と社会的貢献度を左右する。
| 透析患者総数 | 約34万人(2023年) |
|---|---|
| 年間新規透析導入患者数 | 約3.6万人 |
| 年間透析医療費(総額) | 約1.6兆円 |
| 1患者あたりの年間医療費 | 約500万円 |
| 透析施設数 | 約4,500施設 |
全国約4,400施設の透析クリニックの多くは、週3回・固定時間という標準的な施設透析モデルを提供している。医療的安全性は高い一方、就労継続やQOL向上という観点では構造的な限界を抱えている。
| 現在提供していること | 現在提供できていないこと |
|---|---|
| 生命維持のための透析(週3回・固定時間) | 患者の就労継続・QOL向上 |
| 医療的安全管理 | 患者が自律的に透析を管理できる環境 |
| 一律・標準化されたケア | 患者のライフスタイルに合わせた透析設計 |
| 施設内完結型モデル | 患者が「働きながら透析できる」仕組み |
就労世代の透析患者という新セグメント
透析患者は医療的には均質に扱われているが、生活実態は一様ではない。特に30〜60代の「就労世代」は、透析を続けながら働き続けたいという強いニーズを持つ層であり、現在の医療システムはこのニーズに十分応えられていない。
背景にあるのは、透析医療における意思決定構造の課題である。現代医療が目指すShared Decision Making(SDM:共同意思決定)は、医療者と患者が双方向に情報を共有し、患者の価値観・生活背景・将来の希望を踏まえて共に治療方針を決めることを求める。しかし「週3回・施設で受ける」という選択肢しか提示されない患者は、そもそもSDMを経験する機会すら与えられていないのが実情である。
| 意思決定モデル | 情報の方向 | 決定の主体 | 重視する価値 |
|---|---|---|---|
| パターナリズム(旧来型) | 一方向(医療者→患者) | 医療者 | 医学的最適性 |
| インフォームドコンセント | 一方向(医療者→患者) | 患者 | 全関連情報の提供 |
| SDM(共同意思決定) | 双方向(医療者⇔患者) | 医療者と患者が共同 | 患者の価値観・生活・将来 |
就労世代の透析患者が「透析か仕事か」という二択を迫られている現状は、医療的な必然ではない。患者の価値観と生活を医療の中心に置くSDMの観点から見れば、セルフ透析という選択肢を提示しないこと自体が、患者の権利を損なっている。
| 透析患者全体の就業率 | 約27%(日本透析医学会 2022年統計) |
|---|---|
| 就労継続を希望する患者割合(推計) | 約60%(独自推計) |
| 潜在的就労希望患者数(推計) | 約21万人(35万人×60%) |
| 就労希望だが実現できていない患者数(推計) | 約15.3万人(21万人×73%) |
この15万人超の層は、現在の透析医療市場において「見えていない需要」として存在している。既存の透析クリニックには、このセグメントにアプローチする手段がない。
セルフ透析患者の就労・QOL実態調査(2026年)
医療経営戦略研究所は2026年6月、セルフ透析アンバサダープログラム参加患者21名を対象に、就労・QOLの実態調査を実施した。日本初となるこの調査から、透析医療の常識を更新する4つの事実が明らかになった。
81%
セルフ透析患者の就業率は全国平均の約3倍
全国の透析患者就業率27%(日本透析医学会 2022年統計)に対し、セルフ透析実施患者(Oasis Medical、42名全数調査)の就業率は81%。差分54ポイントは、透析の仕組みを変えるだけで達成された数字である。
8.67/10
推奨度(NPS)平均8.67、57%が「10点満点」
セルフ透析を他の患者に勧めたいかという問いに対し、平均8.67点(10点満点)。半数以上が最高点の10点を回答した。
4.10/5
QOL全体改善スコア4.10、特に食事・精神面で顕著
生活の質全体の改善スコアは5点満点中4.10。特に「食欲・食事制限のストレス」(4.38)「将来への希望・前向きな気持ち」(4.24)「精神的な安定感」(4.14)が高く改善した。
52%
就労動機の52%が「時間の自由度確保」
セルフ透析を選んだ最大の理由として「時間の自由度を確保したかった(仕事・育児等)」が52%でトップ。就労継続・社会参加への強い意志が動機の中心にある。
調査概要
| 調査名 | セルフ透析アンバサダー就労・QOL実態調査 2026 |
|---|---|
| 実施機関 | 医療経営戦略研究所 |
| 調査対象 | セルフ透析アンバサダープログラム参加患者 |
| 有効回答数 | 21名 |
| 調査期間 | 2026年6月 |
| 調査方法 | Googleフォームによるオンライン調査 |
| 回答者属性 | 年齢層:40代4名/50代12名(最多)/60代4名/70代以上1名 性別:男性16名(76%)・女性5名(24%) セルフ透析期間:2年以上13名(62%)/1〜2年6名/6ヶ月〜1年2名 |
就労状況の変化
| 就労状況 | セルフ透析前 | 現在 |
|---|---|---|
| フルタイム勤務(正社員・公務員等) | 15名(71%) | 12名(57%) |
| パートタイム・アルバイト | 2名(10%) | 4名(19%) |
| 自営業・フリーランス | 3名(14%) | 4名(19%) |
| 主婦・主夫 | 0名 | 1名(5%) |
| 無職(療養中等) | 1名(5%) | 0名 |
| 就労者合計 | 20名(95%) | 20名(95%) |
就労形態を柔軟に変えながら、95%の就労率を維持している。就労状況の変化(複数回答)では「透析のために仕事を調整する必要が減った」33%、「変化なし(就労を維持している)」33%、「労働時間が増えた/仕事の幅が広がった」19%、「新たに就職・復職できた」5%だった。透析時間の柔軟性が就労に影響したかという設問(5段階)では、75%(20名中15名)が「5(最大の影響)」と回答している。
生活の質(QOL)の変化
特に「食欲・食事制限のストレス」「将来への希望・前向きな気持ち」「精神的な安定感」で顕著な改善がみられた一方、睡眠の質や家族との時間は相対的に改善幅が小さく、今後の課題として残る。社会参加については「大きく広がった」33%、「やや広がった」29%、「変わらない」38%で、「広がった」との回答は合計62%にのぼり、就労継続と社会参加の両立が実現していることを示している。
推奨度(NPS)
平均8.67点。62%の患者が9点以上を回答した。
入院回数の変化
セルフ透析 導入前(直近1年)入院0回
57%
12名/21名
セルフ透析 導入後(通算)入院0回
71%
15名/21名
入院ゼロの患者比率がセルフ透析後に14ポイント上昇しており、医療コストの削減効果が示唆される。
患者の声(自由回答より)
「透析第一の生活スタイルから仕事第一のスタイルに変化した」
50代男性・フルタイム勤務「出張など仕事と透析の両立がしやすくなった」
60代男性・フルタイム勤務「透析中に電話が可能になり、リアルタイムで対応が出来るようになりました」
60代男性・フルタイム勤務「透析導入前と変わりない時間を仕事に費やせる」
50代男性・フルタイム勤務「仕事をしながら透析できるようになった」
50代男性・フルタイム勤務「普及がしないこと。どうしたら普及するのか悩みます。間違った医療方法ではないと思います」
60代男性セルフ透析が切り拓く新しい医療の枠組み
セルフ透析の普及が進まない理由を「制度的障壁」として定義することは、解決策を制度当局への陳情に限定してしまう。しかし本質的な問いはそこにはない。就業率27%から81%への変化は、制度改正によって達成されたのではなく、透析の仕組みそのものを変えることで患者が自らの人生を取り戻した結果である。これはイノベーションが制度に先行した事例であり、社会変革の歴史で繰り返されてきたパターンと同じ構造を持つ。
制度が整ってから動くのではない。事実が根拠として積み上がることで、制度が後から動く。セルフ透析の普及戦略はこの認識を出発点とする。
新しい医療の枠組みは、許可によって生まれるのではなく、否定しえない事実の蓄積によって社会に定着する。
| フェーズ | 積み上げるべき事実 | 社会への影響 |
|---|---|---|
| 現在(達成済み) | 就業率81%(42名全数)・NPS平均8.67・QOL改善スコア4.10 | 「セルフ透析は有効」という否定しえないエビデンス |
| 近期(1〜2年) | 就労継続患者の職場復帰事例・企業による透析患者雇用事例 | 「働ける透析患者がいる」という社会的認知 |
| 中期(2〜5年) | セルフ透析施設の全国展開・就労継続による医療費削減の実証 | 「制度が対応すべき社会課題」としての認定 |
| 長期(5年以上) | 就労世代透析患者の標準的選択肢としてのセルフ透析の定着 | 制度・診療報酬への反映 |
セルフ透析が切り拓こうとしているのは、単なる透析方法の改善ではない。「患者が医療を受ける」という受動的な関係から、「患者が医療を使って人生を生きる」という能動的な関係への転換である。
| 比較軸 | 旧パラダイム | 新パラダイム |
|---|---|---|
| 患者の役割 | 治療を受ける | 透析を自ら管理し人生を生きる |
| 医療の目的 | 疾患の管理 | 就労・社会参加の実現 |
| 変化の起点 | 制度・学会の承認 | 患者と社会の事実 |
| 普及の主体 | 厚労省・医療機関 | 患者・企業・社会 |
| 成功の指標 | 安全性・延命率 | 就業率・QOL・社会参加率 |
このパラダイム転換において、医療経営戦略研究所は「事実を生産し・社会に流通させる」役割を担う。制度に先行して事実を作ることが、新しい医療の標準を生み出す唯一の道である。
社会への問いかけ
本白書は、制度当局への陳情としてではなく、社会全体への問いかけとして発行された。就業率81%という事実はすでに存在する。この事実を社会が認知し、当然のものとして受け入れるとき、制度は後から動く――それがイノベーションの歴史が示す普遍的な経路である。
| 問いかけの対象 | 問いの内容 | 事実として示せるもの |
|---|---|---|
| 患者・家族 | 「透析しながら働く」という選択肢があることを知っているか | 就業率81%・NPS平均8.67 |
| 企業・雇用者 | 透析患者が就労継続できる環境を提供することを考えたことがあるか | 就労継続患者の職場復帰事例 |
| 医療者・施設 | 就労世代の患者に「働き続ける」という選択肢を提示しているか | 3施設での実装実績・QOL改善データ |
本研究所が担う役割は、制度を作ることではなく、事実を生産し・社会に流通させることである。就業率81%というエビデンスは存在するが、それが社会に知られていない。「未流通の事実」を流通させることが、最も確実な社会変革の方法である。
事実を作り、社会に示す。それが新しい医療の標準を生み出す唯一の道である。
本白書が示すデータは、日本の透析医療が「治療を提供する医療」から「患者が生きたい人生を生きられる医療」へと進化する可能性を証明している。
就業率27%という現状は、透析患者の能力や意志の問題ではなく、医療システムのデザインの問題である。セルフ透析患者の就業率81%という数字は、仕組みを変えれば変わるということを示す、現時点で日本唯一のエビデンスである。
新しい医療の枠組みは、制度が整ってから生まれるのではない。患者が働き続けるという事実が積み上がり、社会がその事実を当然と受け入れるとき、制度は後から動く。医療経営戦略研究所は、その事実を生産し社会に流通させる機関として、この変革の起点に立つ。
医療経営戦略研究所 代表 櫻堂 渉
(alba lab代表取締役 兼 医療経営戦略研究所 代表)
2026年6月
引用・転載について
本白書の引用・転載は、出典明記の上、自由に行うことができる。
【出典表記例】
医療経営戦略研究所『日本の透析医療市場白書 2026 ――就労世代という医療的空白と、セルフ透析が示す可能性――』2026年6月発行
取材・データの詳細確認・追加資料のご要望は、下記までお問い合わせいただきたい。代表・櫻堂渉への取材(透析医療の構造課題、セルフ透析の社会実装、患者の就労支援等)も受け付けている。
【お問い合わせ】
医療経営戦略研究所/alba lab(2024年度グッドデザイン賞受賞)
代表取締役 櫻堂 渉
