医療経営戦略研究所
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誰も知らない
透析医療の未来?

2020/02/27

2年前、彗星のごとく発表され、多くのビジネスマンを熱狂させた本があります。「ティール組織」(著者フレデリック・ラルー)です。

僕もこの本を読んだとき、感動とともに熱中し、会う人ごとにこの本の語る素晴らしさを吹聴し回ったものです。

どんな内容かということを少し話しましょう。

誰もが今日何らかの組織に所属しているわけですが、ティール組織が示しているのは、正に理想的な組織です。そこでは、社員は自立的に活動し、相互に助け合い、誰からも強制される事なく、本当に意義あることに集中する、等。諍いのない、ストレスの少ない理想的な組織の姿が写し出されたのです。(しかもそれが現実であるという実例つきで!)

素晴らしい本ですが、今回の本題はここではありません。この本から「ティール組織」のきっかけになった理論は、ケン・ウィルバーという人が提唱しているインテグラル理論があるという事を知りました。

そこでインテグラル理論の研究を開始した僕は、幸運にも学習・グループの一員として勉強する機会に恵まれたのです。

ケン・ウィルバーの影響がどれくらい大きいか話しますと、彼の叡智を受け継ぎ、様々な国のリーダー達が地球規模の環境の健全化を唱え始めたのです。

当時アメリカのアルゴア アメリカ合衆国副大統領がウィルバーの影響を受け、国の利害を超えて地球温暖化対策の会議を推進し、世界規模の会議に昇華させたという出来事は実にすごいことだと思います。

透析医療を進化させる最先端の理論とは?

医療の4つの象限

この優れた論理はすべての組織や社会に適応可能な理論です。これをみなさんにお伝えするとともに、透析医療に適応することで、透析医療の進化についてお話ししたいと思います。

私たちはさまざまな価値観や世界観を持って日々生活しているわけですが、それを多面的に見ると4つの象限で整理することができます。

その4つの象限とは(冒頭の図です)

  1. I(私)という世界、
  2. we(私たち)という世界、(この二つを内面の世界と言います)
  3. It(技術論の世界)
  4. Its(制度や政策)という外面の世界

私たちは常にこの4つの象限の中で生きているわけです。例えばI(私)とwe(私たち)、そしてIt(技術論の世界)外部の環境、環境を形成しているIts(制度や政策)制度と言うようにそれぞれ4つの局面で考え、敢えて視点を移すと多面的な中に生きている事がわかると思います。

そして、人によってそれぞれどこを意識しているか?と言った認知のバランスは異なります。 個人の認知の差はありますが、重要なのはこの4つの象限を考えるという事です。

例えば医療を例にとって考えてみましょう。

医療は右上のIt(技術論の世界)に集約したアプローチです。そして、医療技術の事だけを向上させ、考えれば良いという狭小な感覚に囚われがちになります。

つまり、それは自分の外に世界という意味で外面の世界と考えることができます。そしてこう認知した瞬間、医療は私たちの身体を離れ、私たちとは無関係なものになってきます。医療は全て医師が行うもので、医療者以外は医療に関与するべきではなく、不可侵であると。

この様な考え方から、本当は自分の身体の変化であるにもかかわらず、医師に任せておけば完璧と、患者自信が考えることを放棄してしまいます。

気づかれたと思いますが、自分の体のことなのに、自分と切り離しているわけです。あたかも人と切り離した「医療技術」が存在するかの様な錯覚に陥ります。

しかし、医療技術を提供する看護師や透析で言えば臨床工学技士が関与しながら、現場では医療システムが機能するわけですし(Weの象限が関与している)、広く捉えれば医療政策の領域も関与しているわけです。

透析医療が分断されているという事実

あまり右下(Its)の世界はイメージしにくいかもしれませんが、少し説明しましょう。実は我々が受ける医療サービスは、Its(制度や政策)と密接に関与しているわけです。

例えば透析医療で言えば、我々日本の透析医療は、2日1回、約4時間が国の公的医療保険で認められています。それが当たり前になっています。

その一方、フィリピンの国家の医療政策では、透析が月に8回しか医療保険でカバーされません。したがって日本のほぼ半分の水準しか透析が提供されないわけですから、当然健康結果は悪く、寿命は短くなります。

まとめますと、医療に置き換えて4つの象限を考えますと、医療においては、このIに属するのが患者さん自身、weが我々医療者の対応やシステム、そしてItが先ほどからお話ししている医療技術、そしてItsが診療報酬制度や医療政策に属します。

しかし、この4つの領域は現実には分断されています。主に医療技術を担う医者の世界、制度設計を行う、厚生労働省、患者の体への働きかけと認知、看護師や技士が形成する医療システム等 個別に議論はしますが、それはどこまで行っても交わることがありません。

ですから、個別に議論を深めたとことで、現実的には成果が上がらないという事態に陥ってしまいます。

ここに医療の根源的な問題があります。透析医療をより進化させるのは、この4つの象限を上のレベルに引き上げながら統合していくことなのです。これができ上がる過程で、透析医療がより進化し、更にその恩恵は患者さんだけでなく、医療者や広い意味で社会も受けることになるのです。

この左側(I,We)と右側(It,Its)は区分され、左側は私たちの内面の世界であり、左側は外面の世界です。進化型の透析医療というと、あなたがイメージするのは、体の中に埋め込み型の人工腎臓ができるのでは? とか、IPA細胞で腎臓そのものが新たにできるのでは? と考えると思いますが、それは右上のITの象限だけを考えているわけです。

そして、それは極めて狭い領域のサイエンスの世界を見ているに過ぎないのです。これをnarrow science(狭い科学領域)と言います。よく考えるとわかりますが、いくら医療技術が優れていても、患者の体そのものも生命力そのものが落ちていれば、良好な健康結果を得ることが難しくなります。

このことからもItの象限だけを見るのではなく、その狭いサイエンスの領域だけではなく、残る象限が統合されてこそ、より良質の透析医療が提供されることになります。

医療技術だけでは、どうしようもない世界

それでは、どうすればいいのでしょうか? 解決の糸口があるのでしょうか? 心配しなくても解決の方法はあります。先ほど、4つが分断されていると言いましたが、ここで、認識しなければならないのは、左側の象限です。

医療技術をより進化させるのは、かなりの時間がかかります。何故なら透析の技術はかなり成熟化しているからです。ですから、ここに過度に期待するわけにはいきません。

それでは右下はどうでしょうか?ここも政府に期待するわけにはいきません。何故なら政府もどうしていいか分からないからです。学会に打診したり、有識者会議を開きますが、その人たちはItの住人ですから、行き詰まり感や閉塞感しかないわけです。

それでは、左側はどうでしょうか?何となくここに可能性があると思いませんか。実はその通りなのです。何故ならばここは可変領域だからです。もちろん長期的には右象限は可変ですが、いつ変化するかは予想することができません。

しかし、左象限は考え方を変えるだけで、患者さんと私達で変化を起こすことが可能な領域なのです。

例えば、医療を提供する側の思考、態度、体制、システム、意識であり、あなた自身の思考、行動、態度、意識であるということなのです。

もう少し具体的にお話ししましょう。透析量が透析患者の健康結果と相関することが知られています。2002年にscribner先生が発表した論文から、透析量が多いと健康結果が上がるという事が証明されたのです。

こうなると、2日に一回4時間という透析ではなく、2日1回6時間、7時間と時間を伸ばす方が健康結果は上がり、毎日透析を行えば健康結果が飛躍的に上がることになります。

医療機関が透析の時間を伸ばし長時間透析を実施する、透析の頻度を上げようと考えれば、理想に近づくのです。

問題解決は難しいことではありません

また在宅血液透析を推進して、患者さんが自宅で透析を頻回に行えば、時間的余裕が生まれると同時に通院のストレスが減り、透析量を上げることも可能となり、健康結果が上がることになります。

これは理想ですが、現実的には限界があります。 しかし、透析の時間を伸ばすのが嫌だと「私(I)」が思えば、どんなに良いことであってもこれを実現することが不可能になります。

また、医療機関(We)が長時間透析を行うのは、これまでの院内システムを変えなければならないから出来ない、と考えれば実現が不可能になるわけです。

しかし、患者さんと私たち(We)が視点を変えることで、全く違う未来に向かうことができます。先ほどの話に戻りますと、IとWeの世界は考え方を変えるだけで、直ぐにでもできる世界なのです。

そのためには患者と医療者が手に手を取ってより高みを目指そうとする、考え方が他の象限に影響を与え、そして全象限を高い次元で統合することになります。

ここが、変化のきっかけになります。

左象限を高いレベルに引き上げるその背景には、この理論の深い理解と「愛そ」のものが不可欠なのです。